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愚直と思うほどに私は本能で生きてると思う。

まあ、飛びつくほど野生並みではなく、普通の人間よりはそうだと言いたいだけ。変な誤解はしないで欲しい。


思いつかない人には例えば、お腹がすいたからご飯を食べる、お腹が鳴る、この色が好きだからこの色にする、髪の毛が長くなって邪魔になったから邪魔にならないまで切るとか。

衣食住はもちろん性欲に関してはその他に昇華されていてないに等しいけど、知識欲、睡眠欲、食欲、そして金銭的な欲。



車の中に流れる曲は寿さんの後輩のデュエットソング。パワフルで、あの赤い髪の毛の男の子をイメージされてて聞いているこっちも踊りだすような雰囲気。



「れいちゃんホンットうれしい!君を好きなってよかったよ!ほら、これこそ運命の糸で結ばれているような気がしない?もう、糸なんていうか細いものじゃなくて手綱じゃないかな!?それとも鉄筋?そう思うよね?」

「そうですね、寿さん。この間くださったブランド物のチョコレート美味しくいただきました。ありがとうございました」

「え、食べてくれたの!?嬉しいな!いらないって捨てられるかと思ってたけど…笑顔付きのお礼なんて僕、っとーっても幸せだよ!生まれてきてよかった!うんうん、お兄さん年甲斐もなく泣いちゃうゾ!」

「イケメンが泣いても様になるんで平気ですよ、寿さん」


仕事が終わって家に帰ろうと駅へ向かう際に、車が私を横切って止まった。

そこには寿さんが運転していた。「送るよ」と一言、私には拒否権なんて持っていないからただ首を縦に降るだけ。ひとつの作業のように車に乗りこんだ。


お気づきであろう、私は車の中で寿さんと二人っきりで話している。

つい先日までストーカーまがいだった男の人と二人っきりで会話ができるなんて素晴らしいと思う。自分の順応能力の高さに恐る。人間って本当にすごい、ありがとう、お母さんお父さん。
こんなバカな娘は、危ない人間と一緒に車に乗れるように育ちました。


ネオンに照らされた街が過ぎ去る中で泥濘のようにぬかるんだ視界をフル活用して会話を続ける。ぼんやりと視界が白くなったり、ネオンの光がぼんやりと潰れたりを繰り返している。今日の仕事は本格的に作業を実行していたから、非常に疲れている。気を抜けば眠ってしまうほど。

本音を言うと彼の話を付き合うより、眠っていたい。けれど、彼の目の前で堂々と眠る度胸もない。こういう時が一番自分に腹が立つ。



あの時、付き合えませんと断っておけばよかった。


カメラのネガテープみたいに景色が途切れる、そんな中で口を動かすが、私は寿さんとは目を合わせない。


「それでねーアイアイが半音低い音に変更して書き換えたほうがいいんじゃないってプロデューサーさんに言っちゃって、みんな大慌てでやり直し!一からまた始めるのは大変だったんだよ」

「そう、ですか」

「ランランはぶっきらぼうに返事してたけど、きっとランランもそう思ってたんだなぁっ!」


寿さんは仕事の話をしているようだった。

アイアイ、とはきっと同じグループの美風藍さんのことで、ランランと云っているのは黒崎蘭丸さんのこと。芸能人の身の回りの話を聞くと別世界っていう感じがビシビシ伝わってくる。当たり前か。

サウンドミュージックのように寿さんの話に耳を傾けていると、私は異変に気づいた。いいや、薄々予感はしていたけれどもこれは流石に言わなきゃ、私は家に帰れなくなる。



「あの」

「んー?どうしたの?あれ、もしかして買い物とか予定してたの?ごめんね、僕がつい話に夢中になっちゃって」

「いいえ、そんな違います。寿さんが謝ることじゃないんです」

「あれ、違った?んー?」

「私、××に家があるですけど、どう見てもこの方向違ってますよね?」

「あは、その家。今日僕が引き払っちゃったの。お忍びで付き合うのもいいけど、アイドルにスキャンダルはまずいでしょ?」

「え」



私は聞き返した。この人何を言っているんだろう。

スキャンダルはまず行って、なら根本的な問題からして私と付き合うのは変だ。お忍びで付き合うのもいいって、まるでゲーム感覚。意外なところで私、馬鹿にされてる?一般人だから?

眠気と戦う苛立ちと、寿さんの話しで生まれてきた不安で頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されている。


「だから、今日から、その」

「同棲?」

「いやーん!大胆だね!そんなところも大好き!」

「ちょ、ちょっと待ってください、荷物や、ってその、一緒に暮らすなんて」

「できるよね?」

「できたらまたお金あげる」


その言葉に全身が凍てつき、震憾した。

なんとなくスキャンダルにならないようにしていたのは知っていたけれど、それが嫌だから、パパラッチに目をつけられるのが怖いから自分勝手に家を引き払ったとか。

お金をくれるという言葉に私は仕方がなくうなづくが、寿さんの満足そうな笑顔を見ると自分が踊らされているようで、怖かった。ブルりと体が無意識に震えた。

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