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愛してるという言葉の重みが、あなたには理解できないでしょうね。


領主様の奥様が私にそういったことがあった。



小さな子供だったからそういったんだろう。でも今ならば私はその言葉の重みを知ることができるはず。平和の中に、幸せも不幸もある。


書類を書き終えたのか、よくわからないがシャンクスさんは私を手招きして膝の上に乗せるとそっと右手で私の右手を触った。落ちないように私がシャンクスさんに近づくと満足そうに笑っている。シャンクスさんの右手は少し皮が厚くて、カサカサしていて、でもって張りがあって暖かい。働き者の手だった。よく見ると、シャンクスさんの中指にはペンだこが出来ていて、少し赤く腫れていていたそうだった。

ギュっと握られた私の手は幼くて、小さい。シャンクスさんと比べらべられないほど私は、弱くもろく見えた。



自分が特殊な種族だから、自分を守ることができる。種族が持つ強さと、鍛えられた強さ。でもそれはこの人を守ると思っても守るに足らないチカラで。最後には私は守られる側になってしまう。嫌、だ。命の恩人はシャンクスさんにかわりない。


あの時の戦いも、私はシャンクスさんに適わなかった。


ギィっと扉が開くのがわかった。私は立ち上がろうとしたが、シャンクスさんは低くかすれた声で「行くな」と命令したので動かないで止まった。



「ナマエの手はちっちゃっこいな〜な、ベン。見てみろ」



ベンさんは私たちの姿を見て深くため息をついた。申し訳なくなり私は再度離れようとしたが。「おー逃げんなよ?ナマエ」と言われたので、居心地悪くシャンクスさんの膝の上で黙った。
目の前がふと陰るのが見えた。シャンクスさんは私の手を引いて、ベンさんに見せつけるかのように手を見せた。ベンさんは人差し指でそっと私の指を触るだけであとはどこも触れなかった。



「はいはい、ナマエの手は小さくて可愛いな」

「お、こりゃ。ベンも惚れてんだな〜」

「お頭、仕事何倍がご希望かな」

「…ナマエ、コックからおやつでも掻払ってこい」

「え、」


そう言った瞬間シャンクスさんは私の左耳をカプリと優しく噛んだ。喰むと言ったほうが正しいのかもしれない、自然の顔が赤くなり、私は必死にシャンクスさんの腕の中から出ようとするけど、力が強すぎてなかなか出られない。ベンさんは私の首根っこを捕まえてシャンクスさんから引き離すと「あー!ズリィぞ!ベン!」と駄々をこねた。



「ナマエに変な入れ知恵させんな」

「入れ知恵じゃねぇよ、俺がそうさせたいからそう言ったんだ。なんだ、ベン、羨ましいか」

「ハイハイ羨ましい」

「っ〜、っ!」

「ん?まだやってほしいのか?可愛い、可愛いお嬢さん」

「っ!?」

「お頭、いい加減にしろ。この子を弄ぶな」


着地させてくれたベンさんは私の服を何度か叩いた。何かゴミでもついていたらしい。まだ、かじられた耳が熱くてたまらない。シャンクスさんが机の上から何枚かの書類を取り出して「できたもんだ、もってけ」と言ってそっぽを向いた。子供っぽい姿を見るのは始めてじゃないから、なんだか微笑ましくて私は、小さく笑った。

四皇と呼ばれている、働き者のシャンクスさんがこんな姿を見せるなんて面白いこと限りない。



「もっと心を込めろ、だからお前は鉄面皮だのなんだの言われんだよ」

「初めて聞いたぞ、それは。ほぉ、あんたは裏で俺のことをそう言ってるんだな」

「あの」



私が声を上げると、シャンクスさんとベンさんは私の方を向いた。一度に二人の視線が来るものだからやっぱり恥ずかしくなり、うつむいた。前までの私なら人目を気にせずに顔を上げていたけれど、今はなんとなくだが、雰囲気が違うのか目を合わせることが恥ずかしく照れてしまう。



「んー?」

「お邪魔でしたら私、出ていきます」

「邪魔じゃねえよ、はっは〜ナマエ」

「はい」

「俺はお前を愛してるからこんなふうにしてるんだぜ?」



ドキリと胸がはねた。つい先程まで考えていたことのキーワードがイキナリ飛び出てくる。目を瞬かせていると、シャンクスさんは立ち上がって私の頭を数回なでた。

父母も、兄弟、姉妹も、育ての親もいない私にはその行為は何故か心地よいもので、安心できるものだった。目を細めていると「お前は可愛いな」とクツクツ笑いながらシャンクスさんはまた、撫で始めた。



「お頭、一方通行は辛いな」

「うるせー」

「?」

「ナマエ、お前は本当に可愛いな。このまま食べてしまいそうだ」

「っ、お頭!アンタ」



ベンさんが静かに慌てるのは初めて見た。

私を一瞥するなり、言葉に詰まったベンさんは私の耳を塞ごうと両手で耳をそっと包んだ。しかし、シャンクスさんは大声で笑って私の頭から手を離してベンさんの手をそっと払い除けた。



「バーカ、これは建前だ」

「…何のためにする」

「お前に取られないように、な。俺がこの子を大事にする、それは暗黙のルールのはずだろ?出し抜くなんて俺は見過ごさねぇからな。優秀な副船長サン」



ピクリ、とベンさんの指先が動いた気がした。


癪に触ったんだろうか、人を馬鹿にするような言い方なんてこれっぽちもなかったのに、私は不安になってベンさんを見ようと顔を上げると、苦々しい表情を浮かべているベンさんがそこにいた。

誰も知らない彼のこんな表情をする理由。いいや、知っている人は私の目の前にいる。シャンクスさん、彼、たったひとりが彼がこんな顔をする理由を知っている。聞いてみたかったけど、きっと教えてくれない。



「…見るに耐えねぇな、ナマエ。俺の分のコーヒーもらってきてくれるか。あと、お頭には何も持ってこなくていいからな」

「…えっと」

「ナマエ〜」

「いいんだ」

「はい」

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