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ウチの狙撃手、ヤソップには俺がいない間の教育者として、副船長のベンには危険なことをしていないかの見張り、ルウには食事の仕方を教える。それが俺からの短い命令だった。
だが、後々後悔する羽目になるとは思ってもいなかった。彼女と同じ時間を味わうことが非常に少ない。俺が仕事をサボっていると、必ず彼女は呼びにくる。これしか俺が彼女を惹きつける力はないんだ。


コックの手伝いを終えてテーブルで待機している時に、気が緩んで眠ってしまったんだろう。うずくまって寝ている姿は本当に愛らしい。


髪の毛を撫でていると、ぴくりと動いた。ここでお越してしまうと彼女は土下座する勢いで誤ってくるだろう。陳腐なことをされるのは嫌いだ。彼女限定で。


俺の背後に、副船長愛用のタバコの臭いがした。サボっている俺を捕まえに来たんだろうと思っていたら、そうでもないらしい。彼女に買い与えたカーディガンをそっと肩にかけてやる姿は俺も驚いた。近くにある椅子をとって彼女の寝顔を眺める。



「無防備だな、コイツは」



俺と同じように椅子を引っ張り出してきて、彼女を挟むように座るベンは不満げだった。在り来りな言葉を言っているベンに俺は苦笑を浮かべた。

その言葉でしかこいつは彼女を叱責できないんだろう…ツンデレってやつか。



「…そうか?俺にとってはまたとないチャンスだ」

「最低だなお頭」



じろりと、瞳だけを向けてくるベン。俺はニヤリと笑って彼女の髪の毛をひと房受け取って、唇にそっと咥えると「やめろ」と低い声で唸るベン、人のことを挑発するのは俺の矯めた癖だ。
名残惜しいが、彼女の髪の毛を離すと「これだからアンタは女共がうるさいんだ」と叱られた。…反論できない自分も自分である意味馬鹿だ。



「ひっでぇこと言うなぁ、俺は別にそういう気持ちでチャンスと言った訳じゃねんだよ」

「暖かい日差しに嫌気がさすな、お頭セットだと」



夏島が近いせいか暑いからこんなにも副船長は苛立っているのか。合点がつく。

彼女の髪の毛の間から見える穏やかで安心しきった顔を見ると、ハラハラする。男だらけの船旅に女をぶち込んだんだ、ちょっとは貞操について考えるだろう。だが彼女は以前奴隷であったから、そのことを考えるという知識すらない。俺から教えるのもいいかもしれないが、絶対嫌われる。うん、こういう教育は常識人のベンに任せよう。手のひらで自分の顔を半分隠す。



「俺も嫌われたもんだな」

「だがこいつにはアンタは愛されてんじゃねえか」

「愛されてたらいいな」

「根拠もねえこと言っちまって悪かったな」



俺のガラスハートにヒビが入ったような気がした。だんだんキッチンの方からいい匂いがしてきたので腰を浮かせると「まだ話は終わってない」と副船長が俺を牽制した。この続きの話はあるのか?仕事サボった俺へ虐げる話か…いいや、もしかしたら、俺の勘が正しければ彼女をどうするかの話だろう。

重要な話を眠っているこのこの前でしてしまっていいのか、躊躇ったが、安眠しているなら多分めをさますのはまだ先だろう。



「…」

「あんまりアンタのそばに居させるな、離れる時がかわいそうだ」

「離れるとき?」



コックが気を利かせて持ってきたコーヒーを受け取った。
コーヒー豆のいい匂いが俺の鼻をついた。

副船長は俺のオウム返しに眉間にしわを寄せて聞いていたが、やっと理解したのか、顔を上げて俺に掴みかかりそうな勢いで言葉を返そうとした。



「…っお頭、まさかっ」

「ずっと手篭めにしておくつもりだが」

「いいか、お頭。女は乗せないって言いだしたのはお前だ。こいつの身に何かあったらどうすんだ」

「大丈夫さ、手は出させねえ」

「…」

「ナマエは物分りのいい子だ、けどまだ勉強も足りない。俺たちが補うしかねえだろ。何もわからないこの子を野に放つなんて俺らは鬼か?」

「…はあ。お頭の言い分も俺には十分配慮してるはずだ」

「ベン、まあいいだろ?」



またお前に苦労がかかるな、とだけ言うと副船長は何も言わなくなり、黙って視線はコーヒーの湯気を追っていた。


俺のしていることは海賊らしいことだろう『奪い取っての世界』、そうそれだ。


ナマエを手にしたのは海賊の欲、そう、そうしなきゃ俺は男になりかわりそうだ。

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