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船員さんとだいぶ溝を埋めてきたとき、私をよく気にかけてくださってくれる人がいる。ヤソップさんと言って私と同じか、上くらいの年頃の息子がいると聞いていた。

私と一緒に遊んでくださる時折、息子さんのことを自慢げに話したり、寂しそうに母子について語っていた。


堅苦しい、窮屈そうな会議を行っているシャンクスさんの代わりとして、私の教育係を買って出てくれたのは実はヤソップさんだったりする。
目も眩む断崖のような、あの高い高い場所には登ったことはない。不寝番するなんて小娘にさせることはないから私には登る必要ないと思われているらしい。



「ナマエ、お前も登ってみねえか?」



甲板掃除がひととおり終わって、このあとはコックさんのところへ行って昼食準備の手伝いをするはず。ヤソップさんは兄貴分のような面構えで私の頭を撫でた。

妹のように思っているのか、それとも娘のように思っているのか時々わからなくなっている。疑念を抱いた私は、畏怖しつつヤソップさんに聞いた。



「ヤソップさん、どこへ登るんですか?」

「見張り台だ、あ、もしかしてナマエ高いところ苦手だったか?」

「いいえ」



高いところは初めて登る。今まで地に這いつくばって生きてきた私には新世界だ。首を振って怖くないと否定すると、ヤソップさんは不審そうに見る。もし、あの場所から突き落とされても転んで落ちても、普通の人間より頑丈にできている私は無傷だろう。整頓された掃除道具を一瞥してからヤソップさんは私の右手を掴んで引っ張る。



「なら登ってみるか、よーし、俺に捕まってろ」

「っはい」



返事したのはいいが、どこに捕まればいいかわからなかったのでヤソップさんの服の裾をちょこんと握っていると左手と右手を掴んで持ち上げて、飄々とお姫様だっこをした。首に腕を回して、ヤソップさんは簡易的に付けられた階段を登っていく。自分自身で登ることはできるが、恐怖心に負けて落ちる危険性を考えたらしい。


目下では重要な会議を終えてきたであろう何人かの人たちが出てきて、甲板の上でくつろいだりしている。一人ひとりが何をしているのかはっきりわかって、空高いところはこんなにも寂しいんだとわかった。



「よし、着いたぞ!」



意気揚々とヤソップさんが言ったので首から腕を外して、足を着くとふらりと揺れたけど、淵に手を付いたらすぐに体制を整えることができた。強い風が頬や腕に当たるけど、この船が前進していることがはっきりしている。

直近、人生には諦観していた。私にはもうこの先、生きていても何も変わらず、変哲もない生活を送るだけだと。背筋を伸ばして、胸を張って海の先を見ていると自分がどれだけちっぽけなものかわかった気がした。



「ナマエあんまり乗り出さねえようにな」

「はい」

「なー?陸地じゃ見れねぇもんだろ?」

「はい、生まれて初めて見ました」

「俺もここには久しぶりに来た、ずーっと大砲とか武器の手入れとかしててよ。だけど煮詰まった時とかはここに来るんだ」

「ヤソップさんが、ですか」

「おう…ん?」



一気にヤソップさんの表情が険しくなった。危惧を感じるこのピリピリとした緊張は本能的に察知している。ヤソップさんは双眼鏡を使ってもう一度見直すと「こんな時に…」と呟いて、甲板にいる人たちに伝え始めた。



「オイ!敵船が迫ってんぞ!お頭ァ!」

「ああ!聞こえてる…野郎共、ひと暴れするぞォオオ!」



雄叫びが上がると同時に、シャンクスさんは私の方を見上げた。すぐに私はここから降りなきゃいけないかもしれない。ヤソップさんの方を見ると何故かヤソップさんはいたずらっぽい笑顔で私を持ち上げた。何が始まるんだろう、眼前に敵が迫っているのに余裕の表情は何を表しているんだろうか。四皇と呼ばれている赤髪海賊団の話は聞いているが、いささか無用心すぎるではないか。



「ヤソップ!」

「おお、ナマエ…あとで謝る」


「え?」



持ち上げた私を、淵より先につきだして手を離した。目をパチクリさせていると、急速な落下が体全体を打ち付けた。体が落ちていく刹那私の瞳に映った空は、見たことが無いほど鮮やかで綺麗で、言葉を失った。下ばっかり見ていると宝並のものをも失うんだ。慌てずに床の衝撃を待っていると、抱擁が待っていた。



「どうだったか?高いところは」

「シャンクス、さん?あの」

「ま、感想はあとで聞いてもいいか…お前は部屋で待っていろ」

「いいえ、私も参戦します。シャンクスさん」



意気込んだと同時にコツンと額と額をくっつけさせられた。驚いて固まっていると、大声で笑い始めたシャンクスさん。豪快な笑いに船員たちはくぎづけかと思いきや、普段のことらしくて、まったくもって無視している。



「わ、笑い事じゃあ有りません!私も戦えます」

「そうかもしれねぇけど、お前には怪我して欲しくねぇんだよ。よし、コックと飯の準備してこい」



不満は大アリだけど、それでもあなたの役に立てるのならばどんな雑用でもすると誓ったから。

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