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「やあやあ、今日も天気がいいね。君は今日もスタバのコーヒーをキャラメル風味に甘くさせて平和ボケした顔で啜るんだね」


不躾だ。目の前にいる男はファーのついたコートを着ていて、少しだけつり上がった細い目に通った鼻筋、熱くも薄くもない唇。街角インタビューでイケメンだと思いますか?と聞かれたら十中八九そう誰か彼かが答えるだろう、しかし、初対面の相手にボロクソ言われてかっこいいと言われたらその人の性癖を疑う。
要するに、私はこの男が嫌いな部類に入ると言いたいのだ。


へら、っとへりくだるような笑みを浮かべて私のコーヒーを奪い取るとそのまま飲み干した。何をしているんだ、よくも初対面の人間のコーヒーの飲みかけを戸惑わずに飲めるな。もし、私が感染症を持っていたらどうするんだ。

「はは、本当に甘いね。血糖値高くなっちゃうね」といたずらっ子のように笑って貶してくる男は誰だ。


「あれ、もしかして俺のこと覚えてない?」

「?整形しているならもっとわかりませんよ。おっさん」

「へぇ、言ってくれるね。自分で褒めるのもなんだけどこんなに整った顔を偽物扱いして23歳の俺をおっさんと呼ぼうと俺は君のことをはっきりと覚えてるよ」


とりあえず、私の発言がこの男に障ったらしい。なら謝ろう。けれど私はこの男にあったことはない。一度も。これほど眉目秀麗な男性にであっていたら半分の人生はなんだったんだと疑問視する。
かっこいい男とあまり面識がない、そもそも小学校から女の子に囲まれてきたので男との免疫がない。話す回数なんてもしかしたら指を折るほどしかないかも。
周囲を見渡してみるけど個々で忙しい様子で私が今世紀最大に困っている姿に気づかない。


「ほらほら、思い出してみなよ」

「…すみません、用事を思い出したので失礼します」

「おーっとそうはさせないよ」



誰か助けてくれ。生憎、警察に知り合いなんていないからすぐに助けを呼べないのが悲しい性。通せんぼする男をぎらりと睨みつけると「うっわぁ怖い怖い」と棒読みする。何をしたいのか、この男は。私は座り直してカラカラに乾いた口を開いた。


「要件を述べてください」

「そんなァ〜久しぶりの再開なのにそんなに冷たくていいの?」

「私、あなたと初めて会ったと思います。今日が初めて」

「それはベッドの中で聞きたいなぁ」

「…馬鹿にしているんですか」

「いいやぁ?君が俺との再会を楽しんでくれないからこんなふうに悪態づくんだよ?全部君のせい」

「…」

「あ、めんどくさいって思ったでしょ。君」


この男、おかしい。ああ、もちろん全体的な意味でも含んでいるが私が言いたいのはこの男は私の名前を一度も呼んでいないという件だ。もし私たちがであっていたと仮定すれば、名前は覚えているだろう。意識せずに周りに自分の名前が書かれたものを探したが見当たらなかった。


反撃じゃ。



「ああ、もちろん名前は知ってるよ。ナマエ、岸谷ナマエちゃん、いいや、今の年齢ならサン、かな?でも俺は年下を敬称をつけて呼ぶ気なんて更々ないから、ナマエなんだけどね」

「っ、は」

「あれ驚いた?だから俺たちは初めて会ったわけじゃないって。忘れちゃった君に教えてあげようか?ううん、ナマエ、教えてあげるよ。この寛大な俺につま先からタップを刻むほど喜んで欲しいね」


空になった私のコーヒーはいつの間にか無くなっていて目を見張っていると、目の前の音が笑った音が聞こえる。無視を決めておけばよかったと後悔しても遅い。携帯を取り出そうとするけどガッと足の脛を蹴られて一瞬ひるんだ隙に目の前の男は、長い腕を伸ばしてショルダーバックを取って自分のモノのようにすまし顔をしていた。


「そうだね、俺たちが出会ったのは〜まずはチャットルームかな」

「…」

「半信半疑でもいいから聞いて。そう、君は面白いハンドルネームで参加していた大学生、でも多忙極まりなくて現れるのは本当に稀だったね」

「序列は結構ですから」

「ここから面白くなるのになぁ」


なかなか本題を離さない男。もしかして、この男は私が困っている姿に漬け込んでお金を要求してくるのか?それともこのままよくわからないところへ連れて行かれて強姦されたり輪姦されたり、一番嫌なのは外国に売られることかな。
ネガティブなことばかりがアイロニーに続く。
きっとこの中には答えはなくて、どこか見落としているところを軽々と救われるのだろう。そう私は確信した。

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