log | ナノ
「助けてくれてありがとう」

「別に大したことじゃねぇよ、大体が、助けたのは新羅だろうが」

「新羅?闇医者?」

「ん、ああ」



犬みたいな性格をしているこいつは、俺になついてると思う。

単細胞で、喧嘩しかできねぇ俺には嬉しい限りだが、あの野郎に目をつけられたら気が狂いそうで、怖い。


だからあえて突き放したような態度をとってみるけれど、彼女はあきらめない。まるでそれを知っているかのように、いつも肩すかしをくらうのは俺の方だ。いつか、こいつをギャフンと言わせてぇし、好きだっても言わせてぇ。なんか俺、気持ち悪いか?口から出さねぇけどいっつもこんなことばっかり思ってる。


屋上で、彼女と一緒にしゃべっていると問答無用であの野郎はちょっかいかけてくる。
嗚呼嗚呼!腹のそこから唸るようないらだちが止まらない。

片手に紙パックのジュースを持って彼女はとなりで俺の話を興味津々に聞いていた。俺はさっさと終わらせたい気持ちと、未だいたいという気持ちでごちゃごちゃしている。


視線を落とすと彼女にこの間、誤って傷つけてしまった跡がある。
急遽新羅に診せて、手当してもらったけど傷跡は残るってぼやいていた。はっきりとは聞こえなかった、新羅がそうしたんだろうけど…俺、何言ってんだ。もう後戻りはできねぇのに。



「黒いライダースーツきた女の人とイチャイチャしてただけ、静雄、助けてくれた」

「…まあ、暴力は嫌いだからな」



俺は立ち去ろうと足を動かそうとしたが、誰かが足に巻きついてきた。見慣れたつむじがそこにあった。駄々をこねる子供のようなその姿に俺はギョッとして後ずさろうとするが、そのままでは足蹴りで彼女をまた傷つけてしまう。嫌だ。
綺麗なままで、彼女に俺は好かれたい。ぱっと顔を上げては俺の心臓に悪い笑顔を向けた。


マジで俺、末期かもしれねぇ。



「静雄、私、静雄好きだから一緒にいる!」

「ふーん…って、オイ。また危ない目にあいたくねぇなら俺から離れたほうがいいぞ」

「やー」

「嫌とかそういう問題じゃなくて、つーか俺これから仕事なんだけど」

「お供する」



まるで新入りのあいつ見内に尻尾振って付いてくる、コイツって本当に危険の意味を分かってるんだろうか?時々コイツの頭の中が知りたくなる。

俺のことが好きとか嫌いとか、それは俺を殺したいほど強い人間だから好きだというんだろう。結局コイツも、自分の力試しのために俺を好きと言い続ける。
俺は煙草に火をつけて彼女の頭に手をそっと置いて、押し戻す。


「…ダメだ、危険だっつの」


そう言うと、彼女はぱっと手を離して俺から離れる。これでいいんだと自分に言い聞かせて俺はそのまま歩きだそうとするが、彼女は抱きしめた。しかも力強く、一瞬プロレス技でもされるかと思ったけど、俺はタバコを落としそうになる。

汚れを知らないその純粋な瞳に、俺はうっと言葉につまる。離せ、とは言えない。
彼女はそっと口を開いた。



「あ、の。静雄に言わなきゃならないことがあるの」

「?なんだ、言ってみろ」



よくわかんねぇけど、俺はそいつの話を聞こうと次の言葉を待った。彼女から紡がれる言葉は数少ない、そして多くを語ることを禁じている。己の役目と言って、難しい話をされた覚えがあるけど、俺にはどうだってよかった。

儚げなその表情で彼女は一つ一つ丁寧に言葉を紡いだ。



「私、危ない目に会うのしょっちゅう、あなたが追い込むべきじゃない」

「俺のこと庇わなくなっていいんだぜ?それに俺が巻き込んだも同然じゃねぇか」

「…」

「?」

「わ、たし…」



その時、自分の視界の中にひらりと凶器の片鱗が目に映った。このままでは彼女は死んでしまう、というより俺のせいで殺されてしまう。このことをする奴はこの世界で、俺の知っている世界でたったひとりしかいない。

あのクソ野郎、ノミ蟲!


言いかけた言葉が恨めしくて俺はギュッと手に力を入れる。そして抱きしめるように俺は彼女から凶器を避けさせた。

状況を把握できていない一般人の彼女は、俺に抱きしめられて小さく言葉を漏らす。


「っ、ナマエっ!」

「え、うわああ!」


コンクリートの壁に突き刺さっているそれを見るなり、彼女は目を見開いた。刃物が飛んでくることは彼女の中では何度もあること、なのに慌てている。
ああ、俺がこんなに近くにいるからか、化物の俺が。悲しくなってきた俺は彼女から離れようとするが、あいつの匂いが近づいてきたのでやめた。


「すみませーん、カッター飛んじゃったみたいで」


ヘラっと笑って俺の方に来る、ニヒルな口の叩き方のノミ蟲。腕の中にいる彼女が、小さく震えているのがわかった。彼女は、臨也が嫌いだ。大事な親友を殺されかけたのだから、同じ感情を持っていることで喜び、そしてこの場にあのノミ蟲がいることの苛立ち。

めきめきとコンクリートの壁がきしんでいく。よく見ると俺はいつの間にかコンクリートの壁に脚をかけて積み潰していた。



「普通は飛ばねぇだろうよ…いーざーやーくーんー」

「これはこれは、不幸体質のお嬢さん。ナマエちゃんこんにちは」

「…、っ」

「あはっ、怖がっても無駄だよ。俺、これからもっと怖いこと君にするから」


「このまま君を引き連れてレイプするのもいいね?」と言った臨也、マジで■■。ぐしゃぐしゃな顔になってしまえばいい、骨まで細かく刻んで海に沈めてやりたいっ。彼女を怖がらせるものはこの世からすべて排除する。

俺はそっと彼女から手を離して臨也に向かい合う。



「てめぇ…ひねり殺されたいか…」



殴りかかってみるが臨也はすんなり避けた。盲点だったことに、臨也はいつの間にか彼女をそばに引きこんで、口角を上げる。

キモいぞ、臨也。そのまま口が裂けて■■!



「残念だけど、今はシズちゃんに構っている暇はないんだーあははーごめんねー。さ、ナマエちゃん…ああ、ダメだよ、ナマエちゃん。君が大好きなシズちゃんの隣にいると君の不幸が伝染っちゃうよ」

「大丈夫!静雄、強い。お兄さんみたいなヒョロイ人じゃない」



臨也の逆鱗に触れたのか、青筋がぴくりともぐらが出てくるように動いた。物怖じせずに、彼女が臨也に向かってそんなことを言うなんて思ってもいなかったので、俺は本音がボロっと出てしまった。


「…サイコー、ナマエ」

「あーそういうのよそでやってくれる?それに、俺ヒョロイってどういうこと?」



そう言って臨也は彼女に触れようとしたとき、彼女はそれに驚いてよろめき、地面に尻餅を付いた。痛そうに顔を歪めるのを見て、俺は何かが切れた。



「ノミ蟲、死ぬ準備は出来てるんだろうなぁあああああああああああああああああ!」

「ちょ、シズちゃん。今のは不可抗力だって。見たでしょ、今の、俺が吹き飛ばしたわけじゃ」

「見苦しい言い訳すんじゃねぇよ」

「えーっ…俺、やっぱりツイてないかも」

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