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全力疾走で私は因幡先生のところへ遊びに行った。久しぶりの非番。ずっと仕事が立て込んでいて、秘密警察犬としてボロ雑巾のように使われてきたのだ。お暇をもらったら飛び跳ねて喜んだ。
乱れに乱れきった髪の毛を手櫛で簡単に直して、扉を開いた。ふんわりといつも因幡先生が使っている香水の匂いがして、ドキドキと胸が踊る。先生、と言っても実質的には私が先輩犬。でも、年上でも憧れてしまうその有能さ。

私もそんな力があれば、柚樹の力になれると思ったんだけど、それはそれで私は私でいいと甘やかされている。甘やかされた結果、荻の相棒になり、柚樹はステラとタッグを組んだ。
ああ、嫌気がさすよ。


かき消すように大声で割り込んだ。



「因幡先生!遊びに来ました!」

「お、誰かと思ったらナマエじゃねえか!」

「呼ばれもしないのに何しに来たんですか?」

「毒舌さんもこんにちは、久しぶりに会うのにそれくらいしか身に付かないのかしら?」

「うわあ、刺々しいシーン見ちゃった」

「圭、あれはナマエに取りついたサタンが憑代を通して会話してんだ。辛口のナマエは認めない。キューティクルに誓って」

「ナマエさんはすっごい気質持ってるんですね、因幡さん」

「そうか?」

「真顔で答えちゃってるよ」



圭くんは私の顔を見て軽く、不思議そうに見つめた。なぜかなっと聞こうと思ったけど理由は自分自身、わかっている。自分の悩みに取り込まれないように、ニコっと笑ってみると、圭くんは顔を真っ赤にした。
優太くんはいつものように私の腕を引っ張って離さない、脱臼する日はそう遠くない。



「今日も触りに来たよ、君たちの頬っぺた」

「は、できるもんならやってみろ!ナマエ」


負けじと因幡先生は私をギラっと睨んだ。ワンピースの上に羽織ってきたパーカーのポケットから小瓶を両手で持つ。因幡先生が飛びつくような臨戦態勢。凄まじい風を感じて私は投げ飛ばした。



「ナマエ必殺、荻さんの髪の毛、しかもセット前」

「どうぞお触りください」

「潔いから逞しく見えるよ因幡さん!彷彿していた闘争心はいずこ!」



バシンと圭くんは因幡先生の背中を叩いた、顔を近づけていた因幡先生はぐらりと体制が崩れて、私は避けようとしてもピンヒールのせいで動けない。ストップを掛けるように両手を前にするけど、力強いツッコミのせいで因幡先生は予告なく倒れてくる。



「うわ、圭!叩くな!っ」

「ま、待った、っん」



顔が近づく、そう思ったのも束の間。唇に因幡先生の唇が重なった。因幡先生は私を押し倒すような状態となり、圭くんは後ろを向いていて気づいていない。最後の手綱、優太くんは私たちのこの淫靡な格好を見てニヤニヤしていた。
オイ、お前の大好きな先生取られてると思わねえのか。



「ナマエ〜洋のところに行くなら俺も…」



史上最悪のタイミングかもしれない、すぐに顔を離して柚樹を見ると、柚樹は目を丸くして私たちを見ていた。何が起きていたのか全くわからない、と言わんばかりの表情からだんだん怒りに変わってきた。
圭くんもようやっと気づいたのか、顔を真っ青にさせて悲鳴に近い声を上げた。うん、あげたいのはこっちのほうだ。



「っあああああああああああああああ!」

「ナマエ、離れ」



ヒョイっと私の首根っこを捕まえてソファに投げ飛ばした、のろのろ考えていたら覆いかぶさる柚樹。髪の毛が私の頬にかかって、くすぐったいけれど、悠長なことを考えている暇はない、間髪入れずに弁解をせねばならない。
でも眼前には氷のように冷たい目つきで見下していた、唇が震えて言葉にできない。



「なに白昼堂々と浮気してんの」

「っ!これはただ」

「ただってなんだよ」

「頬っぺた触ろうと…柚樹、怒ってる?」

「…」




目の端では三人組が何やら相談していた。いいからさっさと助けて、助けたらもっと髪の毛あげるから。圭くんを取り囲んで二人が歪みにゆがみきった顔でしゃべっている。内容は謝るか謝らないかのことだと思う、警察犬の耳をなめちゃいけない。柚樹は黙ったままで私の唇を何度も撫でている。
だらしなく開いている口に柚樹は、はあっと吐息をかける。決してキスはしない。



「圭、謝っとけ」

「そうしたいのは山々なんですけど…」

「大丈夫だよ、圭くん。僕は信じてるよ、君なら火の中水の中にでも飛び込めるって」

「あんなピリピリした空間に行けと?優太くん僕なんか悪いことしたっけ」

「したんだよ、てか、原因は圭だからな」

「圭くんならできるよ、骨は拾ってあげるから」

「直訳すると亡きものとなることを覚悟で行けと」

「圭〜」



暗示をかけられるかのように何度も「謝れ」コールが奥から聞こえる。確かに私が必殺技を繰り出したのは悪いけど圭くんも圭くんで、失敗があった。オフのせいか、柚樹はおしゃれをしている。片足のピンヒールが脱げている。こんな状態を十八歳以下の子供に見られるなんて教育に悪い、早く離して欲しいけど、権利なんてないから押し黙るしかなかった。



「うわあああああ!わかりましたよ!緒方さん」

「…」



圭くんは腹をくくて柚樹に声をかけると、柚樹は犯人を見るかのような目つき。アホの姿の柚樹しか見たことがない圭くんには驚きだろう、というより、恐怖が勝ったのか引き返して因幡先生に抗議しに行った。



「無言とか余計に怖いよ!あの、あれはただ俺がツッコミしたときに…はい、あれは事故なんです、人為の!だから警棒構えないで!」

「…虚偽ではないのか、洋」



私の上から退いて、柚樹は因幡先生に詰め寄っている。柚樹が背中に背負っているのは怒りのオーラだけだった、変なことを言ったらその構えている警棒で制裁をくだされるだろう。
怯えきった因幡先生は涙を流しながら何度も首を縦にふっていた。



「お、おう!」

「…」

「柚樹、事実だよ。狼でもこれは嘘じゃない」



静寂が訪れたと思いきや、すぐに私のところに近づいてソファの上から抱きしめた。力強くて私は落ちそうになったけど柚樹の足のチカラでなんとか落ずに済んでいる。いきなりどうしたんだ、ボソっと耳に聞こえた言葉を聞き直した。



「…禁止」

「はい?」

「俺から離れるの禁止禁止禁止禁止禁止禁止!」

「なんだ、嫉妬か。つまんない」

「君にとってはね!?優太くん、俺は今日で寿命縮んだよ!」

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