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彼女は俺の知己である…おおよそ間違いじゃないと思う。俺は俺で彼女のことを認めているし、彼女の過去をも真摯に受け止めている。直面している現実にいまだ打ち解けられない彼女も。彼女には俺のことは親友、いいやまだそれの段階ではないからお友達から始めようと言っているがまだ分かっていない様子が垣間見る。


この時間だってそうだ、何かしら仕事が欲しいと言ったから俺の小姓的なことをさせている、出来上がらせた書類を束にしている彼女は、本当に健気で頑張り屋だ。

年頃の女って言ったらもっとなんつーか、着飾りたいだろう。なのにもかかわらず、彼女は「仕事もらってますから」という言葉で一蹴させる。



「シャンクスさん、できました」



念入りに俺は紙を捲っては舐めるように確認した。
ウチの優秀な副船長に怒られるのはもう懲り懲りだ。手元にあるもののチェックが済んだので、俺が彼女に渡すと、少しだけ彼女は表情を和らげた。そういえば、彼女はこの船に乗ってから笑った姿を見せたことがない。いいや、感情表現が苦手なだけか。伴って彼女は感情をあらわすのが不器用だ。



「じゃあ次はこれをベンに渡してきてくれねぇか」

「はい」



短く彼女は返事をするとすぐさま副船長のいる部屋へ歩きだそうとする、俺はためらい勝ちに呼び止めた。



「…ナマエ」

「はい」



やっぱり、不愉快というわけじゃないが、前、彼女がいた場所のように残酷で惨たらしいことは何もないんだから、そろそろ刺をとってもいいんじゃないか。

彼女が感情表現が不得意であるのはそういう理由もあると思う。警戒心が強く、誰よりも臆病だ。そっと俺は立ち上がったら、彼女が微動だにしなかった瞼がふるりと、動くのがわかった。目線を合わせるようにしゃがみこんで彼女の頬にそっと触れた。右手で彼女の頬を優しくつねると、目を丸くしている。



「んー、ちょっと固いな。ナマエ、笑ってみろ」

「え」

「ダメか?無理とは言わんが、お前が感情表現を苦手分野としているのは知ってる。だけど、こんなに可愛いツラしてんだ、もったいねえよ」



なるたけ咎めるような言い方はしなかったが、彼女にはそれは大問題のように眉間にしわを寄せて考え始めた。

馴染むということもこれからの歩み寄る人生の中で匹敵するものだ。だからここで学ぶしかない。柔らかい頬から俺が手を離すと、彼女は顔を上げて俺を見た。その瞳は不安げで、子犬のようだ。



「…笑い方が、わかりません」

「よし、なら」



実に運の悪いことに、俺の部下がナマエの背後に立っていた。

気を許したわけじゃないが、知っていてそのまま続けようとしたら、ガンつけて来たので俺は一歩下がる。ナマエも俺の異変を察したようで、後ろを振り返った。

目を瞬かせているナマエを見おろして、ふいっと俺の方へ視線を向けた。



「お頭、さっさと仕事進めてくれねぇか、ああ、そうだ。ナマエ、それか?」

「はい」



態度も、声音も変わらない彼女に軽く嫉妬を覚えつつ俺は椅子に座り直した。ベンは俺を見るなり、大きなため息をついた。
彼女は顔を俯かせていたので、ベンは何度か彼女の頭を優しく撫でていた。よほど俺がつまらなさそうな顔をしていたんだろう、手を離して俺の方へ近づいて来た。



「…お頭」

「ベン、わかってるって。ナマエ、ちょっとお前は部屋で待っててくれるか」

「はい」



一度だけ頷いてナマエは俺の心境を知らずに部屋から去ってしまった。

彼女の行動パターンを推測すると、これから仕事がなくなって手持ち無沙汰になったのでコックのところへ行って食事の準備の手伝いでも請負に行くだろう。
初めのうちは完全に料理ができない子だったのに、一般人並にできるようになった。
ベックが近くにあるイスに腰を下ろして「俺になんのようだ」と苦労人のように呟いた。



「ナマエは全く笑わねえな」

「…仕方ねえだろ、もともとは奴隷だったんだ。冷徹になるのもわかる」

「冷徹だ?あの子の領主サマはだった奴は笑うことすら禁じてたってことかよ、ひどい話だな…切り刻んでやればよかった」

「お頭、一言言わせてくれ。アンタはそれ以上のことしてたからな」

「そうだったか?」

「酷いとまでは言わねぇが、あれを一般人が見たら卒倒モンだ。ナマエはジッと見つめるだけで微動だにしなかったがな」

「でもいい子に育つぜ、アイツ」

「まあ従順だし、ちゃんと話聞くし、どっかの仕事をサボるおっさん達とは違うな」



「違いねぇ」と言いたくなったが俺は言葉を止めてベックの方を振り向いた。

無自覚で言っているわけがない、平然とタバコに火をつけてはあっと煙を吐き出した。意味深な言葉を残しておいてそんな味気ない態度はあっていいのか。椅子にもたれかかっていた俺は体を起こして異議を唱えた。



「…ベン、遠まわしに俺のこと言ってねえか」

「自覚あるんだったら仕事しろ」

「俺、ナマエが来てからちゃんを仕事してるよな?な?少しくらい休憩てってもん」



要求に応じてくれることなく俺は今日もペンを走らせる、だが半分、違うことを思いながら仕事にとりかかっていた。俺は笑う意味を失った彼女の見たことがない笑顔をもう一度見ることが出来るように、俺は俺でどんなときも笑っていよう、そう。胸にとどめた。

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