log | ナノ
病み表現を含む




「あなたはとんだ馬鹿な人ですね、まあそんなところも愛らしいのですが」

「…」

「褒め称えられて言葉を失いましたか」


ただ逃げたいという考えで私はこの行動に移したわけではない、この行動の魂胆は全く別なところに隠れている。密閉された心の中に逃げ出すこともない、この感情。どこかに吐き出そうとは思わない。虚空にとどめられていた私は、目の前に金棒を担いだ男の機嫌を伺うだけだ。その金棒には血や皮膚、髪の毛がへばりついている。不機嫌そうな表情を見る限り、きっとこのままでは危ない。


死ぬ前に聞いておけば大丈夫だろう、私はそう思って鋭い瞳を見つめ直した。


「どうして私を選んだの?」


そういっただけで、噛み付くような眼差しに変わった。あなたが私の死か。そう思ったのは、目の前の彼がブンっと大きく金棒を振り下ろしたから。


あの鋭い鉄が私に突き刺さると思えば恐怖によって頭が麻痺する。


だが、痛みより先に勢いよく風を切った。麻痺していた知能が、さっと働き出して、自分が生きているという幸福感に溢れている。心の中ではもうどうでもいい、死にたいと思っていたのに、本能である頭の中と体は希望と喜び。


「…その答えを聞きたいが故にこんな事をしたんですか。まったくもってあなたは無能ですね」


まがい物や形のないものには信じられない。すっと目を細め、金棒をドシンと大きな音と共に地面にめり込ませた。地面に座っている私に直に感じられるその響き。何度もされているが、あれはどうもなれない。

地獄に落されて私はどれくらい月日が経っているか、感覚が鈍っていてわからない。
だが、長くこの黄泉に降り立っていることはいやでもわかる。

私は渇れた声で言う。


「お叱りなら後で聞く」

「いいえ、今聞いてもらいます。あなたに私が指図される覚えなどありませんから」

「逃げようとしたわけじゃないの」


なぜ私が貴方によって地獄へと導かれたのか。
なぜ私が貴方からの寵愛を受けて、閉じ込められるのか。
聞きたいことはいっぱいあった、けど感情は閉じ込められて出すことはしない。


ぐらりとめまいがする。なんだろうと、徐々にうつむいていた自分の顔を上げると、どこか嬉しそうな雰囲気を纏わせている鬼がいる。鋭い歯をちらつかせて一言私に落とす。


「あなたの弁解はどうでもいいんですよ」


そう言った瞬間、私は言葉に出せない何かが落ちる。


「私が聞きたい言葉はありません」

「…ないって、どういう」


私は何のためにいるんだろうか。死ぬ前、前世というべきか。前世では私は何のために生きて、誰のためにいるのかわからない。私は私のために生きていけばいいと母は言ってくれたけれど、私は私にとって価値のない人間だと自負している。これが、地獄の沙汰は君次第ということか。命を無碍にするものは自分が知らない男に体を許すほどの下衆だと知る。

唇を噛み締めたあとに私は謝罪を述べた。


「…ごめんなさい」

「聞こえませんね」

「ごめんなさい」

「兎に角、部屋に戻ってもらいますよ」

「…はい」

|