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海の上での生活にはだいぶ慣れたような気がする。つい最近までは船酔いが辛くて床に伏せていたけれど三半規管がようやっと馴染んだようだ。夜が来ても怖いことなんてなくなったし、むしろ不眠症から抜け出せた。今のご主人にすごく感謝している。

甲板に出るのはやめて、廊下を歩いていると、今のご主人が通りかかった。赤髪海賊団の船長、シャンクスさん、赤い髪の毛だからすぐに目に付いた。私が気配を消して歩いているにもかかわらず、気づいたシャンクスさんは私の方へ歩み寄り、にこやかに話しかけた。



「眠れねえのか?」



シャンクスさんは私と目線を合わせるようにかがみこんで、頭を愛撫する。はじめは殴られるのかと思ったら撫でられて、口をぽかんと開けていたのでクルーのみんなに笑われてしまった。
目を細めながらシャンクスさんは私の返事を待っているので、慌てて返事をする。



「…いいえ、夜に寝ることは慣れてないので」

「なら、俺の添い寝してくれるか」

「?」



ソイネとはなんなのか分からずにいると、ピクリとシャンクスさんの頬が引きつった。無知な私にふつふつを怒りがこみ上げてきたのかもしれない、目をつぶって身を固くして待っていたらまた、シャンクスさんは頭を愛撫した。うっすらと目を開けてみると困ったような表情を浮かべている。



「あーとりあえず、ま、俺の隣に来てくれるか」

「はい」



頷くと、納得したような笑みを浮かべて私の片手を引いた。歩幅を合わせてくれるシャンクスさんを見上げると、マントに隠れている片方の腕が見えた。いいや、片方脳ではないから、空間が見えた、と言ったほうが手っ取り早いのかもしれない。私が視線を送っているのを察したシャンクスさんはくつくつと笑った。



「…気なるか?俺の左腕」

「いいえ」

「嘘が下手だなぁ、ナマエは」

「…気になりません」

「強情だなぁ」

「…ごめんなさい」



しゅんとなってしまった私に「怒ったわけじゃねえんだ」といって、苦笑を浮かべている。ふんわりと食堂から明日の朝の仕込みの匂いがした。重たい雰囲気をさっと変えた匂いにちょっとだけありがたみを感じる。船長室に着いたら私をベッドに誘導して寝かせると、シャンクスさんは私の隣に寝っ転がった。ギシリとベッドがきしんだ。



「この片腕のことなんて謝るなよ、ナマエ。まあ、この左腕はな、未来の海賊王にくれてやったのさ」



海賊王というフレーズに聞き覚えがなくて、必死に頭の中でどういう意味なのか捉えようとしていたけれど知識に乏しい私は皆目見当つかない。向い合わせに寝ているのでシャンクスさんはまたひとつ困った顔をした。



「かい、ぞく?あなたとは違うんですか?」

「ふ、俺は海賊王じゃねえ。ただ世界を見てみたいだけだ」

「…?」



世界を見るために海に出たのに海賊を語るなんて飛躍しすぎてないか?深いところはさぐらない様にした。ゆらり揺れる船の、布団の上、もう眠たくなってきてまどろんでくる。



「まだお前には難しい話だったか。海賊には危険が付きもんだ、必ず回り回ってくるんだ」

「…」



危険、とはどのくらいの危険なんだろうか。絶句したら、シャンクスさんは私の額と額をくっつけて小さく笑っている。奴隷だった小娘を船に乗せるなんて大間違いだったと後悔しているんだろう。親切心から出たことが失敗を招くなんて思いもよらなかった、ということはないと思う…長年船に乗っているんだ、船長はそれくらいわかっている。
なら、なんで小さく笑っているんだろうか。シャンクスさんは綺麗なその唇で言葉を紡いだ。



「ナマエ、怖くなったか」

「いいえ」

「強がりは通じねえぞ、ナマエ。
この世界では殺し合いだってあるんだ、今までの航海でたくさんのクルーたちの命も落としてきてる」

「…」

「お前が耐えられなくなったら俺がずっと、ずっとそばにいてやる」

「…」



睡眠欲もピークになってきたので深く目を閉じた。海の音と、シャンクスさんの呼吸の音が耳をくすぐる。しかし、ここは船長の部屋だ。寝てはダメだ、歯を食いしばってベッドから起き上がろうとすると、シャンクスさんが私の片腕も力強く引っ張った。ぐらついて倒れそうになったけど、堪えた。腕を引っ張った張本人を見ると真剣そうな表情に私ははたりと止まった。



「心配するな、俺が守る」

「…私は」

「…」

「辛いこと、苦しいことがあっても、私はあなたを、あなたを信じています。
だから、いつまでもついていきます。私はあなたに恩があります」

「…そうか」



「部屋に戻らなくていい」短く答えた船長は私を腕の中に閉じ込めた。

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