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地獄を除いても結局現世とは変わらないのは事実である。



人間関係から鬼関係に変わり、生きていた時の友人関係も愚図ならば、この世でもグズである。退屈で辛い人生は変わらないし、もしかしたら、死後が一番生きているより苦しいのかもしれない。だったら、そもそも生まれなければよかったと、悔しさのあまり地団駄する。


食堂でオムライス定食を食べていると、唐揚げ定食を運んできた先輩が目の前に座った。

先輩こと、鬼灯先輩は「そのオムライス定食…ケチャップばっかりで塩分濃度高そうですね」と言ってケチャップを勝手に箸でオムライスの上でよけ始めた。これ、私の食べるものなんですけど。

今まで生きていて?死んでいて一番まともで、理解力のある人は鬼灯先輩だ。周りの人が馬鹿だという意味ではない、私という愚鈍な生物を理解してくれなかったから。彼が一番輝いて見える。

たとえオムライスの上のケチャップを払って勝手に私の食膳に乗っている厚焼きベーコンを口に含んでいても。



「世の中ってマジで怖いっす、鬼灯先輩」



ケチャップをすくいながらオムライスをひとくち食べて、一言落とすと鬼灯先輩はこてんと首をかしげて、無表情で私に向き合う。

片手に茶碗、片手に唐揚げを挟んでいる箸というなんとも生活感あふれる姿だが、違和感だ。私がどんな思いでこの言葉を口に出したか、きっと鬼灯先輩は、この先ずっと分かることはない。モヤモヤとした理由の形は見えても、本質はわからない。


「はて、いきなり脈絡のない話とは付き合いたくありませんね」

「鬼灯先輩は怖いものなしで生きてるからわかんないと思いますよ」


閻魔大王をアホと呼んだり飛び蹴りを食らわしたり、あと白澤様を天国から地獄へ落とし穴で落としたり、ベルゼブブ様の奥方と腕組んで歩いても平然としてたし。

あれ、鬼灯先輩って鬼神である前に、人だったよね。

なんだ、このクオリティの高低差は。

鬼灯先輩の周りにいる人々が何故かたくましく見えた。



「どう言う意味ですか、それ。私にだって怖いものありますよ」



すごく気になる。てか、鬼灯先輩の怖いものなんて初めて聞く。こんなの白澤様や閻魔大王様が聞いたら飛び跳ねて喜んでるんだろうな、全力で鬼灯様が私が口走らないようにするのは目に見えているが。

オムライスを半分食べ終えたところで私はテレビを見ながらため息を付いた。鬼灯先輩は黙々とキャベツを食べている。



「…日頃いやぁな鬱憤とか、記憶とかは全部踏み潰しているんでしょーね」

「…」

「ぐちゃぐちゃに、見えないくらいに」

「…」



静けさが襲った。テレビと、食べ物が切り刻まれる音や、食材が焼かれる音、周囲の他愛のない話を除けば、私と鬼灯先輩のあいだには虚無感。

食べることもやめて、私が顔を鬼灯先輩に向けると、張り詰めていたロープが引きちぎられるような、そんな表情を浮かべて私を見ていた。触れてはいけない琴線に私は堂々と触れてしまったみたいだ。

居心地の悪さを感じながら私が鬼灯先輩に言葉をかけた。


「な、んすか、黙って」


鬼灯先輩は目を見開いて、味噌汁に口をつける。ずずっと風情ある音を立てて食べる姿にじっとしながら見ていると、鬼灯先輩は視線を一度だけ私に向けて、また、味噌汁に向ける。オムライスが冷め切ったのが食べ始めてわかった。

こんな身の内話をするのは間違いだったんだなぁと自分自身の失態に舌打ちをしたら、鬼灯先輩は食べ終えたみたいで「御馳走様でした」と一言つぶやくように言った。そして、不意にこんなことを言う。


「私にだって嫌な思いで位あります、それに思い出したくないことだってあります。ただ、私とあなたが違うところは」

「違うところは?」


どこ、と言う前に鬼灯先輩が言葉を発した。


「雲散霧消しないことですね、あと、次につなげるとか笑い話に変えるとか」

「はははーそうだね。それができたら、私は今頃幸せでっせ」

「幸せになりたいんですか、貴方」

「死ぬ前は全然幸せじゃなかったから死んだあとくらい幸せにして欲しいっす」


幸せになりたい、そうなのかもしれない。今の言葉を順おって考えてみると、まるで私は寂しい、幸せになりたい。誰か私を愛して欲しいという私欲の塊だ。正直に私が申告するやいなや、鬼灯先輩は黙り込んだ。


「…」

「ん、すか」

「あと半年待っててください、それまでには費用を集めます」

「…なんの?」

それがわかるまで、あと半年。

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