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「リコ、練習中悪いんだけど伊月くん呼んでくれる?」
「ええ、いいわよ。伊月くん!」
部活動が終わる前に、私は伊月くんを呼び出した。
彼のロッカーから見慣れないものが飛び出てきたからだ。彼に限って呼び出しをかけるのはおかしい、と言われるかもしれないが伊月くんは私の彼氏。何より、部活動の風紀を乱している。こういった本を購入するということは、何かしら私に対して鬱憤が溜まっていると考えた方がいいのかもしれない。だから呼んだのだ。
汗をTシャツの袖で拭いながら彼は私を見つめる。期待を孕んだ瞳に私は気づかないふりをして満面の笑みを浮かべて伊月くんの目の前に一冊の雑誌を差し出した。
「…伊月くん、やっぱり男の子だね」
と、一言付け加えて。私の言葉の意味が少々、理解できなかったらしく、首をかしげて困ったような顔をした。綺麗な顔立ちのさらさらヘアーの伊月くんがどんな顔をしても様になるのは胸に止めておこう。
差し出した本に視線を落として、伊月くんはぴたりと動きを止めた。蒸気した頬に滴り落ちる汗、その一つ一つを私はまぶたを開けて見る。
「どこからどう見てもそうだろうが、俺が女だったらお前と付き合ってな…ナマエ…」
「魔が差しただけ、中身をちょいと拝借してまして」
「なかなか過激だったよ」と私が言うと、顔を赤らめて、伊月くんは慌てた。文字通り、中身を拝借させてもらったが、この年になってまだ知らなかったプレイやおもちゃやら…。
勉強させてもらった、うんうん、将来役に立つんじゃないかな?
伊月くんはその一冊の雑誌を私に押し付けるように返す。その様子だと、彼のものではないらしい、しかし、彼のロッカーから出てきたもの。誰かが入れ間違えたのかな。
「っ、それは俺のじゃなくて。てか、早くどこかに」
「女教師もの…なんか、私担当じゃないね」
上から物を言う女の子、っていうわけじゃない。そういうお色気担当はリコだ。伊月くんは昔っからリコ大好きオーラを出していたから別に口出しはしない。
人を見る力があって、みんなより出来ることが幅広い、リコだから。私はひがむことなく、諦めるだけ。
伊月くんは私が「伊月くんのロッカーに入ってたんだよ」と言うと驚いたように目を見開いて、反論する。
「俺はこういうのは興味ないって、それい俺買った覚えないし」
「言い切れる?健全な男児が■■■とか」
ぐっと迫って彼に問いただしてみると、ぱっと雑誌を取り上げてベンチに投げ出した。そうやってどこでもかしこにモノを置くから大掃除の時が一番困る。捨ててもいいのか、捨てちゃダメなのか。
また、私が拾い上げようとすると、その手を取って感触を確かめるように少しだけ力強く押したり、もんだりしている。
「ナマエ、破廉恥なことを連呼するな、バカ」
「じゃあやめる。でもね」
「なんだ?」
「リコがまだ好きなんでしょ?」
そう言うと、伊月くんは首をかしげる…いい加減彼も往生際が悪い。
わかってるんだって、ずっと私は彼だけを見てきたから。男性なんて彼だけでいいと思うほど、ずっと見ていたんだから。
笑顔から一変、私は真剣な顔つきになって話し始めると相手も段々と神妙な顔つきなっていった。
「…は?どこからそんな眉唾を持ってきた」
「私の千里眼」
「その千里眼潰すぞ。俺はお前が中学の時からずっと好きだったんだって」
「…」
「あ」
頭を鈍器で殴られたようなめまいを覚える。彼からそんな言葉が出るとは思っていなかったから。どこに視線をやっていいかわからなくなり、あっちこっち見ていると伊月くんは私の両頬を掴んだ。
そして引き伸ばす。
ジンジンと痛んできて伊月くんの顔を見ると、彼の顔はりんごのように赤かった。
「そこで固まんなよ、俺が一番恥ずかしい」
「あ、うん。でも」
「なんだ?」
「その頃から考えることは一緒なんだね」
「だから、余裕ないんだよっ」
「私もいつも、余裕なんてないよ」
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