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「…うぜえ!」



ッガシャン、と大きな破壊音が部室に響いた。


近くにいた部員たち、いいや、ここではキセキの世代と代えていただこう。キセキの世代はまたかと、とびきり驚くこともなく、ましてやその故意にやった行為を叱ることもない。今この部室の中にいるキセキの世代の心の状況は、通夜を終えた老人たちの帰りと同等かもしれない。


ガダンと片手にジャージを持った黄瀬は立ち上がり、抗議した。



「っいきなりロッカー蹴らないで欲しいっス!青峰っち!」

「だぁあああ!ンだよ、黄瀬。なんでこんなに部室がジメジメしてんだよ!」

「青峰。察するのだよ。俺だってこの空間で瞬きすることすら嫌だ」

「緑間君、言いますね」


青峰がこの部室にいる全員が向けた視線をたどって見ると、そこには帝光中学バスケットボール部の主将という頂に立つ人間、赤司征十郎…がベンチの上に膝を抱え、体も頭もすっぽりと毛布で被ってブツブツと呪文を唱えているのだ。傍から見れば汚辱を受けた中学生の取る行動だが、赤司征十郎は逸脱していた。ヒクリと口の端を歪ませて青峰は頭をかきむしった。


黒子は部活で疲れきっているので彼らのようにハツラツと動けないのでぎこちない動きで、暴れだそうとしている青峰を止めた。


毎度、部活が終わるとこうなるのは我慢ならない。

ご機嫌を取るように桃井はスクールバックから異臭のする物体を取り出した。


「げ、元気出して!ほら、私作ってきたの!レモンのはちみつ漬け」

「さつき、お前、よく赤司にそれ渡そうと思ったな」



もはや原型をとどめていない。



「ナマエちん早く来ないかな〜…赤ちん、さっさと立ち直ってよ〜空気重たい」

「う、うぅうううぅううるさい!黙ってくれ、いいや、やっぱ黙らないでくれ!!っ僕がこんなに傷ついているのにみんなは僕の心の傷に塩を塗るようなっ僕のことを友達と思ってないのかい!?バスケを一緒にやっているだけという障子より薄っぺらい関係なのかっ…そうだよ、ああ!ぜーんぶ全部僕のせいだ!」

「開き直りましたね、では帰りましょうか」

「待て」

「なんでそこだけキリっとなんてるんスかっ!?」


カバンを肩にかけてさも帰ろうと思っていたメンバーは、大きなため息を肩でしてからベンチに座り、赤司がかぶっていた毛布を剥ぎ取った。何より泣いていることを隠している毛布が鬱陶しいのだ。ときに友人とは勇ましく、心を鬼にして行動を起こす。


緑間から緑色のハンカチを借りて涙を拭い、黒子に背中をさすってもらって、呼吸が整ったとき赤司は語り始める。



「確かに僕の言い方はかなり酷い。非道いのは十分自覚しているそれはもう小学校六年生の一言目は」

「諄く聞く気になれないのだよ」

「ソレ、耳から血が出るほど聞いたっスよ。てか、俺なんて都道府県よりナマエっちの話を覚えるっス」


キラリと赤司の目が獲物を見つけたように光った。


黒子は心の中で「これはマズイ」と悟った。

対照的に平然と紫原はお菓子を口にしている。サクサクとスナック菓子の噛み締める音と、咀嚼する音が聞こえるだけで空気は至って冷たい。


だが、赤司の背後にはメラメラと炎が燃えているように見える。そう見えているだけであって実際は燃えていない、燃えていたら火災報知器が鳴るだろう。


「僕の話を心して聞け。わかった、黄瀬。お前がこれ以上馬鹿にならないようにその話は省いて置く、だがな、だがなっ今のナマエは可哀想なんだ!日に日に窶れていくのを、目のいい僕が、赤司征十郎が見落とすと思うか?食事は一緒にしているのに不思議とナマエは口にものを運ばないっ!多分俺が圧力となっているんだろう、けれど俺とナマエが共有できる時間はそれくらいしかないんだ。もう、ナマエが可愛いのは犯罪だっ!話がそれてしまったな。だがこれだけじゃない。勉強のしすぎで手首まで痛めて、しかもあのか細く綺麗な指にはペンだこという痛々しいモノまで…っ!夜も十分な睡眠を取らず、泣きそうな表情で教科書の腐った文字を縋り付くように眺めて、それは僕だけにして欲しい!地味で鈍臭いところもあるけれどこれまた可愛いんだ、ん?ついつい居眠りしていたナマエの写真は絶対渡さないぞ。兎に角だ…どうやったら玲瓏たるナマエが昔のように「にいに」と呼んでくれるんだろうか」

「序盤が長すぎんだよ!結果それだけ俺たちに聞きたかっただけだろうが!」

「前置きが長すぎて、ってかちょくちょく感想を挟まないで欲しいっス!玲瓏ってどういう意味なんスか?」

「黙れ駄犬が」

「俺だけ冷たい!?」


時計の針は、部活終了した時刻からかけ離れて、体育館からは物音一つしない。

窓から見える景色は夜としか表せられない。青峰は苛立ちを露に立ち上がって大声で喚き散らした。


「ンなのどうでもいいからさっさと帰らせろ!ナマエの話はいいだろうがっ俺は早くマイちゃんの新刊買いに行かなきゃならねぇんだよ」

「変える理由が不埒すぎます、青峰くん。僕にはバニラシェイクを飲みに行かなければならないという使命があるんです」

「どっちもどっちっスよ!」

「おい、青峰。今、俺の可愛い妹君、ナマエを呼び捨てしたな」

「あ?ンなの普通だろうが」

「なんだとっ!?無礼千万である!」

「どこの時代劇なのだよ」



「あ〜ナマエちん、どうしたの?」


紫原敦の一言でその場は一変した。隙を見て青峰と黄瀬、黒子はカバンにモノを詰めてせっせと帰る準備をしている。

桃井は似た者達だなぁと心の中でつぶやいて、紫原同様にナマエに近づいた。

妹の突然の訪問に静かな歓喜を一人で味わっている赤司を横目に緑間は肩にスポーツバックを下げてさも帰ろうとしている。それほど帰りたかったのだろう、キセキの世代は。ナマエが申し訳なさそうに笑みを浮かべて差し出したものは、本時に使われた教科書であった。


「教科書、返しに来たの…遅くなってごめんね、敦さん」

「ううん、気にしなくていいよ〜。…もしかして俺が出てくるの待ってたり…?」

「え、二人ともそういう関係なんスか!?」

「…ち、違うの!えーっと、そう、先生にお勉強を教えてもらってたの」そう言って、顔を赤らめて慌てる姿がとても愛らしく目に映ったのか赤司は一人悶える。緑間は重たくため息を付いた、黒子と黄瀬、青峰も帰る準備ができたのか出入り口まで近づいている。
遅い時間だから、赤司は妹一緒に帰るという甘いシチュエーションを考えた時だった。


「ナマエちん、これから帰るの?」

「うん」

「じゃあ一緒に帰ろ〜」

「待て敦」

「赤司くん?」

「なんなの、赤ちん。俺が先に誘ったんだからいいでしょ。引っ込んでて」


子犬のように赤司は目をうるうるさせるがお菓子にしか興味がない紫原にはどうでもいいこと。早速紫原は帰る準備をして、ナマエは嬉しそうに待っている。


このままでは可愛い可愛い妹が取られてしまう、辛そうな顔をしている赤司を見かねて桃井は一言放った。


「じゃあ私も一緒に帰ろうかな。ね、この際だからみんなで帰ろうよ」

「…仕方がないのだよ、ナマエ、いいか」

「うん、平気だよ」

「仕方ねぇな、マイちゃんは明日の朝にしとくわ」

「…わかりました、じゃあ帰りましょう」


俺は含まれていないんだな、と顔をうつむかせて赤司は眉をひそめながら笑った。散らかしてしまった自分の周りを手際よく片付けてカバンを手に取り、戸締りを確認する。忘れ物がないか逐一確かめる。部室に鍵をかけなければいけないので、まだ出て行かない彼らに声をかけようとすると、体格のいい男どもの間からひょっこり顔を覗きだしているナマエがいて、機嫌を伺いながら口を開く。


「待って、にいに」

「!」

「にいに、一緒に帰りませんか」

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