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「先輩、その重たい荷物持ちます!」

「お疲れ様です、ココアどうぞ」

「先輩、疲れてませんか?肩揉みます!」

「一緒に帰りましょう、送ります」



桜井良くん。私の一個年下でバスケ部の切込隊長…彼は男らしいかと聞かれたら、どちらかというと乙女チックで、普段謝ってばっかり。可愛いものが好きなのかお弁当のはキャラ弁で、そこらにいる女性よりは女子力が高い。


そんな良くんが私に対してすごく気を使ってくれる。
苦笑いで「平気だよ」といって逃げるけれど足の速さと根性が折れていつも頼んでしまう。疲れているのはバスケを主本としている良くんのほう。


着替えてカバンをもって更衣室を出ると、良くんが紙袋とカバンを下げて待っていた。私の顔を見るなり、キラリと輝かせて近づいてくる。

恋人同士と錯覚してしまうが、ここで言わせてもらう、私は彼とは全くそういう関係ではない。
ただの後輩、先輩の関係。



「先輩、お疲れ様です、今日はクッキー焼いてみたんで食べてください」



紙袋を渡して私が受け取ろうとしたとき、横から青峰くんが見えた。私が受け取ろうとしていた隙を狙って声を大きく出す。



「おー良、イイモン持ってんじゃねぇか。よこせ」

「え、あの」



またか。集ってくる青峰くんにしかめっ面すると、良くんは泣きそうな顔をしている。人の行為をありがたく受け取ろうとしている時に茶々入れるこのガングロめ。欲しいなら直接作って欲しいと頼めばいいじゃないかと日々思う。

伸びてきた腕をぱしんと叩くと、青峰くんは心底うんざりした顔をする。そんなのいちいち気にしちゃいられない。


「青峰くん、友達をいじめないでちょうだい、これ、私のために作ってくれたの?」


愛想笑いで良くんに言うと、うつむきながら私に言葉を返す。



「っ、は、い。あの、食べてくれますか…?」

「もちろん。はい、ざんねーん青峰くん。さっさと帰りなさい」

「ッチ」

「なんや、まだ帰っとらんかったんか、お前ら」


聞きなれた声が耳に届いた。振り向くと主将がこちらを愉快そうに眺めていて、私は苦笑いをしながら「すみません」と謝る。

今吉先輩はメガネのブリッジを抑えて「ええって」と返した。腹黒い主将のことだ、心の中できっとさっさと帰ってションベンして寝てろクソガキとか思ってるはず。私はそそくさと帰る準備をして歩き出そうとした時、良くんは泣きそうな表情だった、あ、不味い。


「あ、すみません、僕が引き止めたばっかりに」

「…ええって、ええって、桜井も頑張ってるやんか」

「ホント、スミマセン。バスケ部でスミマセン、帰らなくてスミマセン、もう来ません」

「いや、そんな深刻に考えなくてええって。ミョウジ、そろそろお前も返事してやれや。こんなにも猛烈アタックしてんのにかわいそうやろ」


コントを見ていたとき、不意に私に向けられた言葉に目を白黒させていた。言葉に詰まっている様子を見かねて今吉先輩は「…違うたか?」と聞かれた。頬を人差し指でかきむしっていても思い出せなくて疑問を疑問系で返す。


「返事?」

「あ?なんだ、告白でもされたのか、お前」


後輩である青峰くんにニヤニヤ笑われているのがどうも尺だったので即答する。


「身に覚えがない」

「はぁ、鈍感ってなにより恐ろしいもんやな、桜井」


良くんは今吉先輩に言われていきなり飛び跳ねた。珍しいその表情に私と青峰くんは顔を見合わせた。何を二人でこそこそしているんだ。そのまま会話を続けながら階段を下りて玄関先で各々別れた。


良くんは私のほうが家は遠いいのにわざわざ送ってくれる、ありがたいことこの上ない。
二人で歩きながら会話するのが普段、なのに今日は良くん、機嫌が悪いのかよくわからないけど話題を振っても「はい」とか「いいえ」ばかりで会話が成り立たない。
曲がり角で良くんは足を止めた。

私も同調して、足を止めると、良くんは悲しそうな表情。


「あの、先輩。ミョウジ先輩」

「ん?おいしいよ、クッキー」


わざと話をそらすけれど、良くんにはお見通しらしい。私をまっすぐに見て震える唇で言葉を連ねた。


「…やっぱダメですか?」

「なにが?」

「俺、先輩が青峰さんが好きだとしても、絶対諦めません」



良くんが何を言っているのかわからなくなった。

沈思黙考するが、なかなかいい答えが見つからない。黙っている私を見た良くんは小さな声で謝ったが、すぐさま「ちょっと、それは見当違いだよ」といつもの音量で反論する。聞いた瞬間、ぱっと表情を明るくした良くん。


「あ、ごめんごめん、私、そんな素振りしてたかな?ってか、青峰くんのことはただの後輩でしか見てないんだけど」

「え、あ、えええっ、スミマセン、俺、とんでもない勘違いしててっ」

「勘違いも甚だしいよ、結構驚いたよその言葉…」


私はその時、はっと気づいた。謎解きのようにバラバラになったピースをつなぎ合わせて、出した答えがとんでもないもの。パンドラの箱を開けたような気分だ。


「…っ、良くん、あの、先程の言葉をゆっくり紐解くと、その、いい方に解釈すると、えっと良くん」

「っ待ってください、それ、俺に言わせてください」

「好きです、先輩」

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