貴方の命令ならば、さしあげましょう「出て行って!出て行ってヨ」
「貴方の命令ならば」
私は神威さんの命令は絶対守る。あんなに情緒不安定な神威さんであっても命令は命令だ、守らなければならない。投げつけられる酒瓶、ナイフ、皿を避けつつ私は出口へと向かう。あんな我儘な男に付き合っていられるのも私くらいだ、さっさと出て行きたい気持ちを抑えながら私は向かう。その時だった、金具が重なる音が聞こえた。
「や、だめ、だめ、やっぱだめっ」
何がダメだ、アホくさい。私は聞こえないふりをして前に進む。神威さんは泣きそうな声を出している。まるで母を失った子ライオンのようだ。
「行かないで、行かないでっ、俺、もう離したりしないから」
「神威さん、先ほどの命令は」
「行かないでっ俺を一人にするなヨ!」
神威さんはそういうけれども、じゃあ、あの人はどうなるんだろう。
私がここで奴隷として拉致される前に、一緒に暮らしていたあの子はどうなるんだろう。あの子は寂しがってた、お父さんは遠方で働き、お母さんには先立たれて、兄は行方不明と言う小さなウサギさんは寂しがってるはず。髪の毛の色が似ているから矮小にも同情を生んだが、もうそんな気持ちはちりあくたにない。
「すみません、具合が悪いので先に失礼します」
振り向いて言った、息をする間もなく片腕を掴まれベッドに投げつけられた。ベッドの骨組みがゆがんだような気がした。私は、夜兎の恐ろしさを甘く見ていたようだった。
「お前の具合なんて聞いてないそこに居ろ!俺の命令は絶対だっ」
神威さんは涙を流しながら懇願する。何処にもいかないで、と。どこにも行けなくしたのは貴方なのにどうして極限までおびえているのか理解不能である。今日も私は目の前にいる憎くてたまらない男の頭をそっとなでて目を細めるのだ。
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