その他短編 | ナノ

寂しがりやの大人

聞こえるんだ、水がはねたような音が。それは、ただの水じゃなくて、涙だということ。でも、それは見えなくて、聞こえるだけ。見つけても、それは口に出すことなんてできないんだ、彼のプライを傷つけちゃうからね。自慢の赤色の髪の毛に櫛を通していると、そっと抱き着かれる。骨が当たって少しだけ、背中が痛い。


「ねえ、早く起きてどこ行くの。置いていかないでよ」


ぐりぐりと、くせっ毛を背中に押し付けて私はくすぐったいと身じろぐと、もっと力を込めて抱きしめる。巻き付く腕がうっとおしいと感じてくる、顔を歪めてため息をついた。


「何処に行ったっていいじゃない」


口から出た言葉は、彼を突き放すような冷たい言葉だった。仕事に向かわなきゃいけないのに、彼が邪魔するから悪いんだと心の中で自分に言い聞かせていると、巻き付いていた腕が私の口に移動してもう一度ベッドに押し倒す。口を両手で押さえつけられた。


「ごめんね、でもこうしないと、自分が、保てなくて」


じたばたと無謀な抵抗をやめて彼の言葉に耳を傾けていると、私は悪くない自分が悪いんだと葛藤しているようだった。同時に、水が湧き出る音も聞こえた。腕を伸ばして彼の髪の毛を触ったら、彼から「触らないで」と怯えた犬のような言い方で止める。


「君は、優しいからこんなことするんでしょう。これ以上、近づいたら、本気になって、それで、もうどうしていいかわからなくなるんだ」


そっと私の口から手を離して彼は体を起こして「もう仕事行こうか」と先ほどのことがなかったような素振りを見せるけど、無理しているように感じた。精いっぱい、彼にできることとしたら、なんだろう。ベッドから起き上がらない私を彼は不思議そうに見た。


「どうしたの、もしかして動けないの?痺れちゃったかな」

「本気でいいよ、本気じゃないとこの次、こんなことしたら許さない」

「え、えーっと、それって喜んでいいの?」


目を丸くして裏返った声で私に質問してきたので、ゆっくりと縦に首を振った。