長編 | ナノ


けれど、彼女に優しさも与えられない言葉だった
「ミョウジナマエって、あの嘘つきの?」


毛嫌いするような表情を浮かべた東堂に俺は胸ぐらを掴んで殴ってやりたいような衝動にかられた。彼女を侮辱する権限なんてお前には微塵もないくせに、よくもそんなことができたものだ。嘘つきとはどういうことだ、納得いかない俺に、東堂は慌てて語弊を解く。


「すまない、荒北。けれどうそつきなのは事実なんだ!」

「はあ?ミョウジのどこが嘘つきなんだヨ」


ドガっと盛大に俺は部室に鎮座されていたベンチに腰を下ろす。

となりには静かに黒田が座った。黒田も興味津々に東堂の話に耳を傾けている。着替えている福チャンや、空腹を満たすために用意したパンを制服のボタンを止めながらもっさもっさ食べている新開。真波は部室の隅で寝ている。オイ、風邪ひくぞ。


「だからあの子は嘘をつくんだ。自分の家が学校の裏にある森林の奥にあるとか、あ、そういや、小学生の頃なんて、化物がいるとか戯言を繰り返しては職員室に呼ばれていたな」

「…その言い方だと小学校は一緒だったようだな、尽八」

「そうだが」


興味を示さなかった新開は、何故かそこだけ食いついてきた。東堂の行っている言葉を聞いていると、不思議ちゃんということなのか、ただの嘘つきなのか。けれどあそこまで自分を嫌っている人間に囲まれたら、それはそれで改心するものじゃないか、気弱そうな女子だったし。そもそも、あんな、ひと睨み効かせたくらいで泣き出しそうな女子が堂々と嘘をつけるのか。
制汗剤を手にとって、液体が混ざるように振っていると東堂は俺を見るなり鼻で笑う。胸糞悪い。


「そんなミョウジナマエとペアを組むなんて、物好きだな」

「お前はミョウジのこと嫌いなのかよ」

「嫌いなわけじゃない、ただ」

「ン?」

「何を考えているのかわからないミョウジナマエの口から出る言葉が苦手なのだ」


苦々しい表情を浮かべながらそういう言葉を吐き出す東堂を見て、俺は何となく納得した。

すべてが全て、わかったつもりじゃない。何を考えているかわからないのは確かに、今日初めて話してみて感じ取ることができた。目が隠れる位の前髪に、蚊の泣くような声。

振っていた制汗剤のキャップを開けて手の上に数滴ほど垂らして首筋に付ける、どぎつい香水の匂いよりはマシだ。


「おめさん、まさか小学生の時にビビってたのか?」

「び、ビビってなどいない!」


そんなやりとりを横目に、俺は制汗剤を胸板につけようとジャージを少しだけはだけさせると、黒田は俺の方を見て黙っている。ンだ、また俺に突っかかってくるのかヨ。おとなしくなったと思えばまたこれか、なんて自分の心の中でおおきく溜息混じりにつぶやいていると、黒田は口を開いた。


「荒北さん、嬉しそうですね」

「どこをどう見てそう言えんだヨ」

「いえ、なんとなくそう思っただけです」


そう言った途端に黒田は立ち上がって着替え始める。結局俺にそれだけを伝えたかったのは定かではない。片手に握りしめている制汗剤のボトルを数秒だけ見つめて、俺も立ち上がった。東堂と新開はまだごちゃごちゃ言い合っている、その騒ぎに起きてきた真波は東堂をいじり始める。後輩にナメられてんぞ、東堂。ロッカーの中に入っている自分のカバンを手にとって制汗剤をスポーツバックの中に入れた。カバンの横にある小さなポケットに折りたたんだ紙切れが俺の視界に入る。


「荒北、俺が何かしらアドバイスをしてやろうではないか!光栄に思え!」

「イラネーヨ」

「靖友、ジャンケンするぞ」

「さりげなく鍵当番押し付けんな、新開」