長編 | ナノ


涙混じりのコンフェッティ

「お誕生日おめでとう!!ナマエちゃん」


朝起きて、着換えを終えて下の階に降りるとおばさまが私に声をかけた。いつもは「おはよう」とか「今日もはやいわね」なんだけど、今日は違った。あれ、今日って何日だっけ。私は固まったままで、おばさまは「あら、自分の誕生日も忘れちゃってたの?」と笑顔だ。おばさまは私の本当の母親と違って温かくて、優しくて、常識を知っている。私は最初のころはたどたどしく接していたけど、いつの間にか懐いている。頭に軽い衝撃、ふっと顔を上げると従兄の迅ちゃんだった。


「よぉ、ナマエ。今日も早いな」

「う、うん」

「迅、今日はナマエちゃんの誕生日だから早く帰ってきなさいよ」

「誕生日なのか、ナマエ。おお、今日で何歳になったんだ?」


温かみのある家庭とはこういうものなんだと感じた。誕生日、その人が生まれた日に誰かに祝福の言葉をかけられるなんてこんなにも心地よいものとは知らなかった。帰ったらケーキがあるみたいだ。さすがパン屋さん。ケーキと、ピザ、おしゃれな菓子パンも作ってくれるらしい。早く学校終わらないかな、なんて思ってみたりもした。




「田所さん!今日も俺と勝負してください!」

「お、俺もっ」


俺と青八木は田所さんにいつものように頼み込んだ。相変わらず、青八木はたどたどしくてほっとけない。普段の田所さんなら俺たちの頼みをすんなりと受けてくれる。だが、今日は「ああ」と返事をしようとした表情から一変、詰まったような表情になり分が悪そうだった。


「悪い、今日は残れねぇんだ」

「用事ですか?」

「おう、ウチに下宿してる従妹が誕生日なんだ…お前らと同学年の」


田所さんはそう言って帰り支度をしている。俺たちと同学年に田所なんて言う苗字の人なんていたのか?青八木と顔を見合わせて首をかしげると、田所さんは振り向いて「ちなみに昔は天才子役なんて言われてたらしいんだけどな」とにやっと笑いながら言った。天才子役って、もしかしてナマエ?俺はとっさに口から彼女の名前が飛び出た。


「その人ってもしかしてミョウジナマエですか!?」


驚いたような声を出した俺に、田所さんは気おされて「お、おう」と答える。
ナマエが田所さんと血縁関係があるなんて初めて知った、というか今日の用事ってもしかしてナマエの誕生日だったりするのか?


「あの、田所さん、もしかしてナマエの誕生日なんですか?」

「よくわかったな。そうだぜ。あいつあんまり自分から何にも言わねぇから、ぎりぎりまで気付かなかったぜ。手嶋、お前、あいつと同じクラスなのか」

「え、ああ…まあ」


言葉を濁す俺に田所さんはちょっとだけ興味を持ったのか「手嶋、お前来るか?」と言う。いいや、ナマエはきっと嫌がるだろう。血縁関係のある人たちに囲まれたいはずだ。ナマエから俺は苦手意識を持たれているから。


「いいえ、遠慮します。でもナマエにおめでとうって伝えてください」

「そうか。わかった言っておく」


田所さんは残念そうな表情を浮かべて俺のお願いを聞いてくれた。心の底から本当に田所さんは尊敬している。今日はナマエと共通の話題をつかむことができた。明日の学校ではナマエにおめでとうって言って、お菓子を渡して、それで田所さんの話をしよう。俺はそう思いながら青八木に作戦を考えようと誘った。