長編 | ナノ


月に十字架を建てる術

昔、親に連れていかれて舞台を見に行ったことがある。有名な舞台で、その時、確か従兄も連れていかれた記憶がある。何の舞台かはさっぱり忘れちまったけど、とりあえず親が大はしゃぎだった。俺と同い年の天才子役が、演じる…?なんだっけ。テレビにも出てたって聞いた。俺はそんなこと知らない、でも、今考えると、親たちがあんなに大騒ぎするくらいすごいやつだったということが真実。

沢山の観客に押しつぶされながらも、そこそこイイ席に座って、従兄とずっとおしゃべりしていたらふっと舞台内のライトが消えた。くすくす笑っていると、マナーについて聞きなれた言葉。親にうるさいと叱られて、ふてくされたようにまだ始まらない舞台を見つめた。

数秒後に舞台内に響き渡るくらいの大きな声に俺は息をのんだ。


高い声なのに、しっかりとしている。慣れたような歌声、その中には緊張感が混じっている。驚嘆の声すら出すことが惜しい。今はこの歌声に聞き入っていたい。そんな感じだった。

どんな物語かははっきり覚えていない。だけど、歌を歌っていた俺と同年代の役者がかっこよくて食い入るように見ていた。


最後の最後。体の奥底からじわじわくる躍動が最高潮に達した。


「嗚呼、私が本当に手に入れたいもの、そう…っそうそれが…、それ、が」


天才子役の顔が、暗く陰った。演出だろうと思っていたら、役者たちがなぜか驚いたような顔をして、あるものはうろたえている。何か耳打ちするように、大人が近寄っていくのが分かった。だが、天才子役は頭に着けていたティアラを床に投げつけた。そしてそのまま舞台そでに走って行った。


パフォーマンスか?俺の頭の中は混乱した。舞台は、主人公がいないまま続く。主人公に変わって、親役の人が「そう、彼女が手に入れたいものは幸福である」と言って。周りは合わせている。俺はつぎはぎになった舞台を見てあの子役は誰で、何処に行ったんだろうかとしか考えていなかった。あの子役は、俺にはない才能を持っているのに自ら踏みつぶすような行為をしたんだろうか。俺には恵まれなかった才能を。


「純太、帰るわよ。まったく、大したものじゃなかったわね」


周りも同じような反応だった。さっきまで持ち上げていたくせして。いいや、あんな女同情する価値もない。今度会ったらあの女を徹底的に吊し上げてやる。