長編 | ナノ


優しい声をした狼さんにご忠告

私の態度は教師受けがいいらしい。頭のいい優等生で、控えめな性格で、何があっても「嫌」と言わないところ。そのおかげか、私は教師からいい成績をもぎ取ることができる。だが、大きな対価が課せられた。そう、雑務だ。一見楽そうに見えるけれど体力も使うし、忙しい休み時間でさえも先生はわたしなら受けてくれると思って無理難題を言う。


今日はたまたま放課後の手伝いだった。
それは良しとしよう。なぜ、生徒会のメンバーでも婦人会の人間でもない私が父母と教師の会の書類をまとめなきゃいけないのだろうか。しかも、これはすべての学年に共通することで、精神的にも参る。本音を言うと、今すぐここから抜け出してゲーセンに行きたい。


溜息をつきながら私はホッチキスではなく、流行の針を使わないホッチキスで止めてる。これ、もしも指でやったら痛いだろうな。そうしたら先生方が私をこんな雑務に使ってるってばれて焦るんだろうな。腹黒い考えを浮上させていると、誰かがドアを開けた。ふっと顔を上げるとあの男だ。わたしを見つけると、嬉しそうな顔をして片手を上げた。


「よっ、なんだ。お前も先生の雑務の手伝いかよ」

「お前、も?」

「いやぁ、俺が皆にノートを貸してることバレちまって」


その割には反省していないように見えるのは私の間違いであろうか。


「な、俺も手伝うからさ」


よくよく考えると、この男は部活に入っていたはず。そう、自転車競技部。その部活はどうしたんだ、どうして部活に行かないんだ。そんな疑問が口から飛び出そうだった。けど、会話なんかしたくない。手嶋純太は私の目の前に座らず、隣に座って「何部ずつそろえばいいの?」とのんきに聞いている。


「…40」

「任せろ。なんせ俺は」

「何も聞いてないわ、黙ってやって」

「そんなカッカすんなよ」


いつも私をふつふつと怒らせているのは誰だ。話の流れを変えたほうがいい。そのためには主導権を握る、これしかない。


「なんで、部活行かないの」

「ん、ああ。今日は休みなんだ。自転車競技ってさ、体と精神、全てを振り絞ってやる競技だから毎日やっちまうと、他の部活同様体のどっかが必ず故障するんだよ」

「それって心も?」


言った後に、私はしまった。と思った。なんでこんな男にメンタルクリニックされなきゃいけないんだ。手嶋純太は私の言葉に驚いて目を伏せた。


「そうだな…俺なんてそうだ」


なんだ、この男。自分の過去でも語って英雄ぶる気か。


「俺は、まだぶっ壊れたままかも」


そう言って、何も語らない。視線を手嶋純太に向けると手嶋純太の目はどこか、ぼうっと、陽炎を見つめているようだった。追いかけているようにでも見えた。私は無言で、資料をまとめる。機械的な音と、手嶋純太の浅い呼吸の音が聞こえる。


「なら、私とは違ってよかったよ」


小さく呟いたはずなのに、彼にははっきり聞こえていたらしい。私の声量はやっぱり天からの恵みであり、悪魔からの悪戯である。


「こんなガラクタの私に声をかけるのはもうやめた方がいいよ。壊れるどころか、吸い取られちゃうかもね、その破片ごと」


鼻で笑ってやると手嶋純太は言葉に詰まったような顔をした。なんて言っていいかわからないようだ。そりゃそうだ、悪女が見えたんだもの。