私の好きなあなたの軽率さ数日が立ち、だいたいのグループが出来上がっても私はなじめなかった。小ばかにしているわけじゃない。関わりたくないから。何かに巻き込まれるのはもうごめんだ。ぼんやり考えていると、前の席の奴、確か手嶋。そう、手嶋は自分の席に自分の荷物を置いた。そしてなぜかこっちを愛想のいい笑顔を向けて話しかけ始める。
「なあ、お前ってミョウジナマエで合ってるよな」
「ええ」
まあ、名前を覚えられなくて当たり前か。まだ入学式を終えて数日しかたってないんだもん。私はその笑顔につられて、張り付いた笑みを浮かべる。
昔教え込まれたことはまだできている。愛想のいい笑顔、儚げな笑顔、控えめな笑顔、はじけた笑顔。ここでも使えるかもしれない。バカらしいかもしれないけど、結構、中学校もこれで難なくこなしてきた。
「そんな顔すんなって、俺、お前のこと知ってんだ」
知ってるって、どういうこと?この人は私と同じ中学出身でもないし、小学校も違うはずだ。顔に見覚えがない。昔所属していた事務所や劇団の中にはこんな顔居なかった。
首をかしげてパーマのかかった髪の毛から、胸元まで舐めるように見た。
「はは、そりゃわかんないよな、俺みたいにパッとしない奴」
「ちが、そんなんじゃ」
「あ、ごめんごめん、ちょっと卑屈っぽかったな。でも、俺はお前のこと知ってんだ」
彼は自分を貶す癖があるみたいだ。一見、明るそうで、そんな感じはしないのに。
「おれ、お前の事」
その時、ちょうど予鈴でかき消された。何と言ったのか聞き直そうと思った時だ、タイミング悪く金髪の子がこちらに手招きしていたので、手嶋に声をかけると「ああ」と声を漏らしてそちらへ吸い込まれるように行ってしまった。もしかして。
「あの人、私の公演見に来たことあるのか」
そのあと、チャイムが鳴ってバタバタ戻ってきた。手嶋もちゃんと戻ってきた。まあ、手嶋と仲良くできると思ってはいないがうわべ上の関係は保っておかなきゃ。心の中で、水上に浮かぶ死んだ魚のようなぷかーっとした考えを浮かべていると、手嶋はこちらに振りむ向く。けらけら笑っているようだった。癪に障る笑い方だ。
「そう、さっき聞こえなかっただろ。俺はお前の最後の公演見たことあるんだ」
私が聞く前に言い放った言葉は、冷たいものだった。どんな氷よりも冷たくて、どん底に突き落とすことが可能だった。
最後の公演。そう、セリフを忘れたわけじゃないのに、急に怖くなって、苦しくなって舞台から飛び降りた。着ていた赤いドレスで飛び出て言った姿はまるでシンデレラ。まあ、シンデレラは青色の、高そうなドレスだけど。
「お前が途中で、震えて飛び出しちゃったよな」
目の前の男が、母親と同じ化け物に見えた。こっちをまるでもう興味のないおもちゃを見るような目つきだ。上から見られて、かぶりつきたくなる、防衛本能の意味合いで。
「泣くかと思ったら、一目散に舞台から降りて出て行ってさー」
うるさい。
「そんでさぁ、お前はその日をきっかけに辞めちゃっただろ」
あんたに何が分かる。アンタに、私の気持ちがわかるか。
「なあ、なんでやめちまったんだよ。お前は天才」
「うるさい!」
大きく叫ぶと、生徒の注目の的になった。そんなの知ったこっちゃない。
「アンタさっきから煩い、悪口なら包み隠さず言いなさいよ」
言い放つと先生がにこやかに入ってきた。惨状を目の当たりにすると顔を引き締めた。
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