長編 | ナノ


細い首、細い指、細い糸

朝がやってきた。太陽の光が障子にあたってから浸透していく。優しい光に変わるが、そのやさしさすら私には憎らしくて腹立たしかった。誰かが障子をあけて入ってきた。まだ私の体から毒が抜けきってないらしく、一人で身支度するのが難しいと思って誰か一人派遣する。今日は靖友様だった。靖友様はいつものような悪人面で私に近づいてきて額に口づけを落とした。私は反応することが億劫で何も答えない。靖友様は小さく舌打ちをして私の体を起こして着物の帯を緩めさせる。


「荒北、少しいいか」

「あーちょっとまってネェ、ナマエチャンそのまま横になってて」


靖友様はそういって私を寝かしつけてその上に布団をかぶせて私の肌蹴た姿を隠した。私に必要以上優しくするなんて卑怯だ。

故郷がなくなったなんて絶対ない。けど、火事になった真偽は気になる。火事になっていたらあの場所はひとたまりもない、近くに水場なんてないし、あそこはすごく小道が多いため火消したちは困惑する。目をつぶると、自分が暮らしていた部屋から、弟子たち、男娼たち、そしてお頭が火に包まれていく姿を想像してしまう。屋敷が燃えて、パチパチと、ギシギシと音を立てて崩れていく音や光景が想像できてしまって怖い。


「ナマエチャン、話し終わったから着替えるヨ。どっか痛ェの?」


靖友様の質問にゆるゆると首を横に振った。気づいたら頬に涙の筋ができていた。


「そっかぁ、ナマエチャン。フクチャンはナマエチャンをぞんざいに扱うことはねぇんだ。だから怖がらなくてもいい、ゆっくりでいいからここに」

「私の居場所はあの場所だけだもんっもう優しくしないで!」


ぶつんと頭の中で切れた何かが、感情をどっとあふれさせた。胸に止めておいたたくさんの感情、喜び、哀しみ、恨み、恐怖、焦りが口から、食べ物じゃないのに出てくる。声にならない叫びがこみ上げてくる。うおお、うおおとも言い難く、嗚呼、嗚呼ともいえない。

喉をかきむしりたくなって、自分の首に冷たい手を抑え込むと靖友様が私の腕をつかんで押し倒した。靖友様はそのまま私を抱きしめて何度も背中を優しく叩いた。


「そのまま、俺だけ頼っちまえばいいのに」