長編 | ナノ


月は戻ってきた
高校を卒業して、荒北君が通う洋南大学の近くにある大学に入って一年が過ぎた。雪成くんから離れるために遠い場所を選んだ、これで彼は私のことを忘れてくれるだろう。あれは一時の気の迷いであって、本気ではないのだ。彼は泣きながら「好きだ」と言ってくれたけれど、あれは違う。哀願することが恋愛ではないし、一緒に暮らしていた私しか見えなかったから、恋しくなったんだろう。私が黒田の家を離れたら雪成くんも忘れてくれる、引きずることなんてない。入学する当初はそう考えていたけれど、一人暮らしを始めると妙にひと肌が恋しくなった。行哉君と同じ状況かもしれない。笑える。ときどき、荒北君に会うけれど彼氏彼女と言う関係じゃないため、長い時間過ごすことはない。荒北君を介して金城君や待宮くんと友達に慣れたけど、どこかで寂しかった。一人で食事することも、一人で大学へ向かうことも。


「あれ、ナマエちゃん知らなかったの?」


久しぶりに会った母にそう言われた。たまたま、家に帰ることがあってとんぼ返りしようと思ったが、数分だけおなじみのカフェでお茶をしていた。母が何と言っているか理解ができない、紅茶を飲んでいるのに異様に喉が渇いた。私はぎこちない笑みを浮かべて聞き直した。


「雪成君が洋南大学に合格したって本当?」


母は私が聞き直すと、少しだけ驚いたような顔をして首を縦に振った。頭の中が真っ白になる。何のために今の大学を選んだと思ってるの、ティーカップに少しだけ残った紅茶を一瞥した。


「ええ、だからね、申し訳ないんだけどナマエちゃんのマンションから雪成を通わせてくれないかしら?なかなかいい物件が見つからなくて」

「でも」

「大丈夫、生活費は増やすことできるわ」


安心してね、という母の言葉にズシリと背中が重くなった。その時だった、新しい客が入ったのかドアが開く音が聞こえた。ふとそちらへ振り向くと、銀色の髪の毛が目に飛び込んだ。


「あら、雪成、どうしてここへ」

「ナマエが帰ってきたって聞いたから駆けつけたんだよ」


雪成くんはそう言って私の隣に座って、母に気づかれないように右足を私の左足に絡めた。