月は愛してくれない最近になって私は、弟の視線が怖くなった。今までは見下していた、と言うか嫌悪感丸出しだった視線が先日を境に熱っぽくてじりじり獲物を追い詰める狼のような視線になった。
「俺のこと無視するのはないんじゃナイ?ナマエチャン」
「荒北君」
寮にある図書室に私は用があったのだ。あまり生徒は来たがらない図書室は、見知った顔だけだった。けれど今日はなぜか荒北君が待ち伏せしていた。誰かから聞いたのかな?荒北君は席に座っていて、私のことを頬杖を突きながら待っていた。私は荒北君が座っている席の目の前に座って、理由を喋ろうとしたら遮られた。
「黒田から聞いた、あ、弟のユキチャンね」
その言葉に顔を上げると、荒北君はいつもどおりの不機嫌そうな顔だった。
「別にさ、ナマエチャンがユキチャンのことが好きでもいいんじゃない?どうして俺を避けるのかが理解できねぇんだよ」
「荒北君、何言ってるの?」
荒北君が、どうしてそんな考えに発展したのかわからない。私が好きなのは荒北君であって、弟の雪成君じゃない。眉間にしわを寄せて荒北君に問いただすと、荒北君はぽかんとしていた。もしかしたら、雪成くんが部活の時に何かしら変なことを吹き込んだに違いない。誤解を解くべく私が口を開こうと思ったとき、首が急に苦しくなった。
「っい」
「何してんのナマエ、行くぞ」
「おい、黒田っまだこっちは話が終わってねぇんだヨ。失せろ」
「荒北さん、これは俺とナマエの問題なんで」
雪成くんが私の首根っこをつかんでずるずると引きずっていく。私は苦しくならないようになるべく歩幅を合わせる、荒北君はそんなやり取りを見て思いつめた顔をしていた。私は荒北君に真実を伝えることなく図書室から去った。
ひき連れられた場所は談話室だった。なんで雪成くんが私と荒北くんが図書室にいることが分かったんだろう。なんかテレパシーでもあるんだろうか。もやもや考えながら私は雪成くんが促したとおり座った。どう見ても雪成君は苛立っていた。
「なんで荒北さんと二人でいたわけ、俺の気持ち弄んでんの?」
「どうしてそんなことに発展するの」
ムカっと胸の中で感情が揺れ動いた。私は冷静になろうとしていたけれど、雪成君がぎゃあぎゃあ騒ぐことに腹が立ってきた。雪成君は私の胸ぐらをつかんで言い放つ。
「疑問を疑問で返すんじゃねぇよ、俺が聞きたいのは」
「私ははっきり言ったでしょ、雪成のことは弟としか見てないって」
胸ぐらをつかんだまま、雪成くんは顔を俯かせた。きっとまた泣いているんだろうなと思いながら私は雪成君の肩を押して逃げようとした。あまり傷つかない形で、今すぐにここから去った方がいいだろう。もう一度図書室に戻って荒北君に誤解を解きに行かなきゃ。図書室に居なかったら呼び出して話し合おう。そう考えていた時だった。
「俺じゃダメかよ」
雪成は私に振り絞って出た声で訴えた。
「俺じゃ、ダメなのかよ」
それは反則だよ、と言いたくなった。胸ぐらをつかんでいる手は震えていて、感情を抑え込んでいる声が母性をくすぐる。でもごめんね、私は荒北君が好きなんだ。こうして雪成君に迫られても私はただ、悲しいだけでうれしい感情が出てこないんだ。
「ごめんね、雪成」
「謝るくらいだった荒北さんより、俺を愛してくれ」
← →