クレーターに住まう悪魔荒北さんはどうやらナマエに避けられているようだ。談話室で真実を言ったあの日以来、俺はナマエを見かければ話しかけようとするけどうまく逃げられる。メールを送っても業務的な内容は帰ってくるけれど、他愛のない話になるとそっけなく返される。また、それは荒北さんも同じらしい。荒北さんは俺がナマエの弟だと知ってよく聞いてくる。
「ナマエチャン、最近俺のこと避けてる気がするんだけどどう思う?」
俺だってナマエに避けられてるんです。なんて言えるはずもなく、俺は知らないふりを続ける。荒北さんは嗅覚というか、勘が鋭い人だからこんな虚勢を張ったとしてもすぐに気付かれる。それでも今はそうしていないと、荒北さんにつかみかかりそうだ。
ナマエのことを本気で思っていないなら近寄ってほしくない。
「知りませんよそんなこと、直接本人に聞いてみてください」
「先輩の話聞いてた?俺避けられてんの、わかる?エリートチャン」
ほっぺをつままれ、明らかに楽しそうに俺をイジっている。俺はナマエが絡むことはあまり荒北さんの目の前で話したくない。そう思っているので着替えて部室を出ようと考えた。突如、ガンとロッカーを殴りつけるような音が響いた。拳をぶつけたのは荒北さんだ。
「黒田、正直に言え」
「っ、なにをですか」
「お前が嘘ついてんのは鼻っからわかってんだよ」
逃げられなかった。正直にここは言ったほうがいいか。…待て、正直に似何処まで話したらいんだ。談話室で話したことを言うべきか。そういえば、最後の会話は荒北さんへの思いだったな。俺がナマエのことを一人の女として愛していることか、俺とナマエの血がつながっていないことか。目の前で苛立っている男を抑えるには、全部話した方がいい。
「荒北さん、俺とナマエを見てどう思いますか」
「…仲の悪い姉弟」
遠慮なく言う荒北さんはやっぱり荒北さんだと思った。部室には俺と荒北さんしかいない、ある程度なら今、喋っていいはずだ。幼馴染も、信頼する先輩だっていないんだから。目の前にいるのは、俺の恋の好敵手なんだ。
「そうですよね、一見。けど顔かたちを見て、アンタどう思いました?」
「…赤の他人だと思った、隔世遺伝だとしても雰囲気とか似てるはずだけど明らかにお前と、ナマエチャンは別の次元の人間だと思った」
「そうなんですよ、俺とナマエは血がつながってないんです」
俺が言い終えると荒北さんは驚いたように目を見開いていた。信じられないと言わんばかりの顔をしていた、荒北さんは俺とナマエが仲が良くないのは反抗期とか思春期という推測だったんだろう。俺は言葉をつづけた。
「だから荒北さん、あんまりナマエに近づかないでください。意味わかりますよね」
はっきり言うと、荒北さんは顔を歪めた。そっか、荒北さんはナマエのことが好きなんだ。俺は脱ごうとしていたジャージをつかんで椅子の上にかけた。話をしながら俺は変える準備を進める。無駄なことはもう聞きたくない。
「…黒田、戸籍上お前らは姉弟だろ」
「でも事実上は赤の他人ですから、俺はナマエと結婚したって誰も文句は言えません。荒北さん、だからナマエに近づかないでください」
「お前ナマエの気持ち考えたことあんのかよ」
「…荒北さん、俺、荒北さんにナマエを持っていかれるのだけは嫌なんです」
「俺がナマエを持っていくなんて決まってないだろ」
「くぎを刺してるんですよ、荒北さん」
そう言って俺はその場から逃げるように去って行った。どうやら、俺はどこでもたった一人で戦っているみたいだ。泣きたくなる気持ちを抑えて寮へ急いだ。
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