言葉は息吹を吹き込んでも迷うふと思う。私は願いがあるために技を磨いてきたのに、その技を買いたいという主が現れてから、私の願いは遠のいていく。これは、矛盾と言う言葉が合うのだろうか。
「オメーはほんと学習能力ねぇのかヨ」
靖友様は床に伏せっている私を見下ろして笑った。
朝、起き上ると途端に眩暈と吐き気を覚えて、起こしに来た靖友様に「具合が悪い」と告げると「じゃあ寝てろ」と優しく笑った。
たぶん風邪を引いたのは夜な夜な逃げようとしたり、と不摂生を行ったからだ。体調不良を起こすなんて、私もバカだ。なんだかずいぶんと靖友様は笑うようになってきた、私をバカにしているのだろうか。腹が立ったけれど、頭が痛いためうまく表情が作れない。よくわからないけれど、体の中に毒が回ったように重たく、けだるく、生きた心地がしない。靖友様の声でさえも海の中で聞いているようで、はっきりとはしない。
「別におちょくってるわけじゃねぇよ、ただオメーは…おい、聞こえてんのか」
途端にあせった声を上げる靖友様。
「黒田っ黒田はいねぇかっ」と怒鳴っている、私はそんなに死んだような顔をしているのか。風邪だと思って扱っていたら急変した私を揺さぶる靖友様。案外落ち着いた足取りで来た誰かは靖友様にぼそぼそと言っていた。靖友様はそのことに対しても何か怒鳴っていたが私は眠ってしまった。
「どう言うことだヨ、毒を盛っていたって」
「西洋でよく行われてるものだ、毒を盛りながら」
「ここは西洋じゃねぇだろ!あいつが死んだらどうすんだよっ」
俺は東堂の胸ぐらをつかんだ。東堂は俺が睨んでも怒鳴っても、一切怯えたような表情は見せなかった。むしろそれが当然だと言わんばかりの顔をしていた。殴りかかりたいくらいの苛立ちを抑えて俺は東堂の胸ぐらから手を離して女を一瞥した。色がなくなっていく頬に、浅い呼吸を繰り返している。
「次に目を覚ました時、ナマエに伝えとけ」
「なにを」
タンタンとモノを語る東堂がひどく残酷な人間に見えた。俺はこの女の忠犬でもないのに、守ろうとしている。なんだよ、この気持ちは。
「ここの用心棒の一員になったと」
俺はその言葉を聞いて刀の鯉口を切った。東堂はそれを待っていたかのように十手で抑える。この勝負は俺が確実に負ける、あれは刀を折る。どちらが、武器を抜くのが早かったのかわからないが細切れに振動が伝わってきた。仲間割れしている場合じゃない、たかが女の話だ、こいつが原因だ。東堂は俺が刀を鞘に納めた後に重々しい口調で告げる。
「お前には言うべきじゃないと思ったんだ」
「そんなにテメェらに信用されていねぇのかよ」
そりゃ妥当だ。ここに来た時は俺は暴れ馬だった。誰も引き寄せず、命令されたことは気まぐれにやっただけ。最近になってしおらしく、いいやまともになったんだ。
「そうじゃない」
「じゃあなんだっていうんだヨ」
「お前はミョウジナマエに恋慕を抱いている」
「そんなのねぇよ」
「お前が気づいていないだけだ」
気づいていないだけなんて誰でも言える言葉だ、俺は東堂をにらむ前に女を見た。新しい息吹を与えるのは簡単な言葉で、彼女には残酷。そんな残酷を与えるほど俺は心を鬼にできるだろうか。大事に思いたいと願う俺は恋慕を抱いているというのか、俺は行き詰った。何処にやっていいのかわからない感情は、ただ彷徨い続ける。
「真波、食塩をもってこい」
「えーなんで俺、東堂さんに使われなきゃいけないんですかー」
← →