ベッドにまつわる話自転車競技部を訪れて数日がたった。
あの日を境に私はよく荒北君と喋るようになった。たまに廊下ですれ違った時にしゃべる程度だけど、私にしてはなかなかの変化だと思っている。彼は私のことを黒田とは呼ばずに名前で呼んでくれるから気が楽だった。それに、荒北君と話すことは私にとって、気分をふわふわさせる材料だった。友達と喋っているときはワクワクするけど、荒北君が異性だからそうさせるんだろう。
ほかの異性の人と喋っていても荒北君以上に楽しい人はいないけど…。
「よ、ナマエチャン。本読んでるのにゴメンネ」
お昼休みのちょうど、中くらいに荒北君は教室へ訪れた。
私にお客さんなんて本当に珍しいことだ。椅子から立ち上がって、場所を変えようとすると荒北君はじゃあ、校舎裏に行こうと誘った。私はその方がいいかもね、と笑って荒北君についていった。校舎裏へ行く間も、他愛のない話を続けていた。私はどちらかというと答えを見つけたがる男性向きの話し方だから荒北君と喋っているのはつらくはなかったし、むしろ楽しかった。そうこうしているうちに、校舎裏についた。
荒北君は突然、苦笑いを浮かべて私に聞いた。
「黒田ってあれマセてんの?」
「どうだろう、でも私に対して冷たくなったのは雪成くんが中学三年生くらいかな」
そう、二学期に入った数日後に私への態度が急に冷たくなった。父母にも、少しだけあたりが強くなった。きっと思春期なんだろうと思ったんだけど、それにしては遅すぎる。
「お前は気にしなかったの?」
「反抗期だと思った」
「それにしてはずいぶん長い反抗期だよネ。俺には、戸惑ってる姿にしか見えなかったんだケド。距離の取り方が分からないガキ見てる感じでさ」
「私と荒北君から見たら雪成は子供に見えるでしょ」
「まあな、あのくそ生意気な姿見るともっとガキに見えるな」
荒北君がずぶずぶと核心へ近づいている。
先日とは別の意味合いで、ドキドキと胸が鳴り響く。
荒北君はひとのことを言い触らすような人じゃないと思っている、事実を知ったとしても。けれど、軽はずみで真実を口にしてしまったらどうだろうか。ふわりと、嫌な風が吹く。
私が返答に困っているのを察して荒北君は「姉弟は仲良くしてた方がいいヨ」と言った。
タイミングよく、予鈴が鳴った。私と荒北君は、少しだけ急ぎ足で教室へ向かう。
姉弟は仲良くしてた方がいい、か。それは偽物の姉弟だとしてもだろうか。
気づけば夕食の時間だ、私は友達とご飯を食べに行こうとしたときメールが入った。誰だろう、そう思って内容を開くと雪成くんからだった。夕食後に談話室に来てほしいっと書いてあった。私は首を傾げつつも、いつも夕食を終える時間を伝えておいた。最近弟の様子が変だ。荒北君が何かいらないことを言ったのかもしれない。そう思うと、サァっと顔が蒼くなり冷や汗が出る。私が本当の家族じゃないと知ったら雪成くんから嫌われる。家族というテリトリーに入っている部外者を排除したがるのは子供の役目だ。私の居場所が徐々になくなっていく。家も、家族も、友人でさえも私から離れていくかもしれない。
「ナマエ、ご飯食べに行くよ。ご飯食べなきゃおばちゃんが催促してくるよ」
「…行く」
「ほら、そんなだらしない服装じゃなくて、ほら、パーカーでカバーして」
面倒見のいい友達が私に黒いパーカーを差し出した。私はそれを受け取って、ベッドから起き上がる。ふと、昔のことを思い出した。
ニスが塗ってあるから、少しだけ滑りやすいベッドから降りるのが怖かった。だからいつも、雪成が私の手を引いてくれた。「大丈夫、そんな軽々しく人は落ちたりしない」と言ってくれるのが、印象に残っている。遠い、昔のことなのに。
「なに、ぼんやりして。眠たいの?お疲れ?」
「…ベッドってさ、ちょっと怖いよね」
「そりゃ、ベッドの下とかに包丁を持ったお化けがいるとか聞いたことがあるけど」
「え、そうなの?」
またベッドが怖くなった。
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