長編 | ナノ


六等星の称号


お昼休みに唐突にメールが入った。珍しい、と思いつつ私は内容を見た。

珍客だ、弟からだった。部活の時に携帯電話を借りたいらしい、充電が足りなくて充電器も忘れてしまったらしい。そして、今日はついに一度の親の連絡日。私はわかった、それだけを打って胸ポケットに入れた。あ、そういえば自転車競技部ってどこでやってるんだろう。


「雪成くんのこと、どうやって呼び出そうかな」


自転車競技部の部室を目の前にして、私は重要なことに気づいた。堂々と入っていって、たまたま、ミーティングだったらきっと後で雪成くんが怒る。それに目立つのは避けたい。知り合いは、泉田くんくらいだし。その時、自分の目の前が陰った。


「何してんの?誰か待ってたりしてんなら、そこ退いてほしいんだけど」


なんだっけ、この人。元ヤンの…荒北くんだったかな?

ぎろりと、冷たい視線を容赦なく送ってくるので私は肩をびくつかせた。だが、彼と長期戦を挑むくらいなら当たって砕けたほうがましだ、私は思い切って雪成くんのことを呼んで欲しいと言った。


「あの、黒田雪成を呼んで欲しんです。携帯を届けに来たと伝えてほしいんですけど」

「ふーん…なに、お前、学年違うのに黒田と仲がいいの?ちょっと意外」


そういう反応には驚いた。適当に返事を返されるかと思ったら案外、荒北君はコミュニケーション能力が高いらしい。荒北君は私を見て、仲のいいお友達にしか見えていないみたい。そりゃ仕方がないと思う、顔かたちも、性格すら似ていないんだから。


「…姉、です」


か細い声で答えると、荒北君は少しだけ目を見開いて私を見た。私が黒田雪成の姉ということが本当に信じられないんだろう。私と荒北君以外、部室に誰かが来る様子がなくて不思議と落ち着けた。荒北君はさりげなく話題を変えていく。


「…そ、初めて知ったわ。お前、隣のクラスの奴だろ。いっつも本読んでる姿見えるんだヨ、廊下から。黒田、なにチャン?」

「ナマエ、貴方は荒北くんでしょ?雪成君から聞いてる」

「え、なにそれ。俺なんか言われてんの?あとでシメとくかクソエリート」


薄く笑って荒北君は「ちょっと待ってろ」と言って部室に入っていった。

今まで私の頭の中に存在していた荒北靖友という人物が組み替えられていく。ドキドキと胸がなる。薄く笑った顔が脳裏から離れない。頭が追い付けなくて、顔がじわじわ熱くなるのが分かる。不意に、部室の扉を開けて顔を出した弟。私は驚いて小さく声を上げると、弟は不満げな顔をした。


「おせぇよ、ナマエ」

「ご、ごめん」


「ん」と雪成くんは手を出した。

携帯を渡せということなんだろう、あらかじめファンシーなカバーを取り外していた。

それを手の上に乗せると「じゃ」と短く答えて部室に入ろうとした。


しかし、奥の方で「黒田ゴラァ!」と怒鳴り声が聞こえた。どっちの黒田を呼んだのだろうか、私と、弟は肩を跳ねらせて怒鳴った方をちらりと見た。


「お前、ネーチャンが持ってきてくれたのにアリガトーもねぇのかよ!アァ?」


怒鳴ったのは荒北君だった。片手にタオルを持ってずかずか近づいてきた。どうやら怒鳴った黒田は、本物の黒田のことだった。再度、荒北君を見たとき変な鼓動が聞こえる。


「っ、荒北さんには関係ないでしょ」

「先輩命令聞けねぇのかよ」

「こういう時だけ、先輩命令なんて使わないでください」

「クッソ生意気なエリートチャンはお礼も言えない甘チャンなんだな」


鼻で笑って、荒北君は雪成くんをバカにしていた。それでも、私の視線は荒北君を離さない。

雪成くんの手の上にある携帯電話がするりとポケットに入っていき、こちらを振り向いて「アリガト」と棒読みで去って行った。


それが、私と雪成くんとの距離の取り方で、関係性。そんな姿を見て、荒北君は何か言いたげだった。私は困ったように笑って荒北君に「ありがとう、荒北君」とお礼をする。私には、荒北君の目に姉弟関係がどう見えたのかわからないけど、決していいものではないという、それだけのことは感じ取れた。