長編 | ナノ


消して、消えない真実
別室に通された私はすこぶる機嫌が悪かった。

どうしてわざわざ遠出してまでこんなにも面倒事をおこされ巻き込まれなきゃいけないのか、今日はつくづくついていない。

金髪の男はやはり、昔からいい教育を受けてきたのか、身なりを整えて私の目の前に座った。凛々しい顔立ちに、人にらみを利かしてもびくともしないと、言うことはかなり心身が強いみたいだ。こういう相手には手が焼ける。まるで、私の師匠を相手にしているような感覚だ。金髪の男は、私に向き合い頭を深々と下げた。

少しだけ変な感覚がする、ここには金髪の男と黒髪の眉目秀麗な男、さっきひっぱたいたくせ毛の男だけ。


「うちのものが無礼を働いたようだ、すまなかった」


茶菓子として出された練霧に中身に何も入っていないか確認をしてから口に入れた。

桃色のお花の形をしていて梅風味。めったに食べない甘いものに、口元が緩んだ。普段から甘いものは控えている、頭の中がぼんやりと働かなくなってしまうからだ。今日はたまたま、引き抜きの話を断るために来たんだ、警戒心を張らなくたって大丈夫だ。


「茶菓子がおいしいから許す」

「はは、女の子だなぁ」


黒髪の男の人が、上機嫌に笑う。この人も育ちがいいのか、上品な着物を着ているし、姿勢から物腰まですべてが物語っている。

ほうじ茶をすすって、彼が頭を上げた途端に私は湯呑を膳に置いて胸元から書状を出した。

私が勤めている直属の上司に相談したところ、一筋縄ではいかないことを知ってのことか、書状を出すと言ってきかなかったのだ。金髪の男は表情を崩さないで、私に視線を向ける。


「考えてくれたか、ぜひとも返事を聞きたい」

「…」

「何やら、お前には晴れない疑問を抱えているようだな。俺たちに」



静かに細められた眉目秀麗な男の目に私は答える。ずいぶんと落ち着いた物腰で言う。よそ者がこの室内にいることで、雇われている男たちはぴりぴりと苛立っていたはず。落ち着いたように笑って私は彼に向き合う。


やっぱり落ち着いている彼らはどこか雰囲気がおかしい。


「よくお分かりで」


ピクリと眉を動かした眉目秀麗な男。

金髪の男は口元に一杯のお茶を近づけて喉を潤してから話をし始める。向かい合っていた体は金髪の男に戻した。


「ほお、疑問とは何だ、口にしてみろ」

「私を選んだとき、私に何を期待したのだ」

「期待、か。それはたくさんあるだろう。ここは吉原だ、女の用心棒の一人や二人いたほうが仕事がしやすくなる」

「だったら育成したらいいじゃないか、わざわざあの場所に勤める私に声がけなんてしなくていい」

「そりゃ、おめさんが男と同等の度胸と力を持っているから。男だけでは女の気持ちや考えなんてわからない。おめさんがいれば、闇にかかった事なんてすぐに開けるだろう」

「なら、遊女に謎解きと称して遊ばせればすぐわかるだろう」

「お前を必要にする理由は明かすわけにはいかない。それを離す必要は今はない」


金髪の男と話している間に、突如として現れた疑問。

今は、という言葉はおかしい。

この話を聞くなり、私はもう彼の所で身を固めるような調子だ。そもそも、私はここに来てから一度も答えを出していない。答えを出そうとしても聞くような態度じゃない、どこかに視線、気、神経を奪わせている。気づいた時にはもう遅かった、ぐらりと視界がゆがんだ。

からからに乾いた唇から紡がれた言葉は頼りないものだった。


「…っ、謀ったな。貴様」

「やっぱりおめさん、ほんと賢いな」

「だが、気を緩めすぎだな。もう少し良好な教育を受けるべきだ」

「荒北、黒田」


ここに居ない、二人の名前を呼んだみたいだ。襖を乱暴にどかどかと入ってきた二人の男。

片方はどこかで見たことがあるような気がする。

ぐにゃりと歪んではっきりしない、だんだん体にも熱を帯びてきて、呼吸が荒くなる。ここで、捕まるわけにはいかない。

着物の袂からクナイを取り出して金髪の男に向けて投げ飛ばすが、残念ながらそこには届かなかった。はじかれて畳の上にぐっさりと刺さってしまった。黒い髪の男は私の両腕を抑えて、口を開いた。


「ハイハイわかったから、おとなしくしろよっ」


その瞬間、私は自分の腕を噛みついて、無理やり覚醒させてから男に跳び蹴りを食らわして屋敷から離れる。座っていた横に置いてきぼりの刀なんて目もくれず、柵によじ登って吉原の屋敷が連なっている、その上の屋根に飛び乗った。死に物狂いで、外へ出ようと足を動かすが、得体のしれない薬のせいですぐに息が上がってしまった。苦しい、吐き出しそうだ。


「残念だったナァ、あと少しだったのに」

「自分の体を傷つけるなど、よっぽどあの場所にこだわっているんだな」

「さて、持ち帰ろうではないか。黒田」

「はい、荒北さん、さっきはすみませんでした」