長編 | ナノ


何処にも迷わないことを誓えたら
「外へ行ってくる、何か欲しいものはあるか」

「書物が欲しいです、姉さま」


「わかった、買ってこよう」と、言いながら私の若い弟子の頭をなでると嬉しそうに目を細めて気持ちよさそうに顔を緩めた。私と同じく、志願してきた女の子だ。
珍しいことが二度もあるんだな、と昔ここの主に言われた事を思い出した。自分が持っている着物の中で一番おとなしめなものを選んで、金髪の男がいる屋敷へと向かった。





着いた屋敷は、想像よりも大きく、たくさんの男がいた。人がひっきりなしに出はいりしている、極道だと思っていたが実際は違ったみたいだ。ここは吉原のお抱え用心棒が住む場所だ。吉原の裏に、作られた屋敷で厳重な警備を施された一本通路を通ればたちまち、華やかな街へ出る。うわさでは聞いたことがあるが、ここまで大きいとは驚いた。吉原お抱えの用心棒のくせして、きらびやかではなく、素朴な感じが憎たらしい。


吉原は女性が売り買いされるところだ、その逆で私は男が売り買いされる場所に勤めている。なるほど、吉原の用心棒でも女の用心棒も必要になってくる。

玄関へ入るなり、若い女が来るのは珍しいみたいでガタイのよい、坊主の男に止められた。


「お待ちください、あなたはもしやこの吉原の遊女ではありませんか」


何とも失礼な男である。かぶっていた笠を取り払い、その男をいないものと考え大声で人を呼ぼう。腹から声を出すために息をいっぱいに吸った。


「男娼の用心棒をしている、ナマエと申す。先日、商談の際に迷惑をかけてしまったお方に御目通りを願います」


男娼という言葉に周囲にいた人々はひそひそと、気味の悪い話をし始める。

こういうのが嫌いだ。文句があるならかかってくれば一番手っ取り早い。

坊主の男は私が笠を取り払ったときに見えた顔の傷に気を取られていたのか、大声を張り上げた途端、しりもちをついてしまった。奥のほうからのっそりと顔を出してきたのは、先日であったあのくせ毛男。着流しから、堂々と上半身を見せて「よお」と片手を上げる。
気立てのいい女性のように、にっこりと笑ってみると相手も笑顔に変わる。


「待ってください、新開さん。この女が本当に遊女じゃないかわかりませんよ!」

「そうです、遊女じゃなくても仇討に来たかもしれません」


坊主の男が立ちあがり、私を指さす。
坊主の男を筆頭に私はどこからかの回しもではないか、ありもしない役職を付けていく。挙句の果てには殺し屋だ、殺しに来たんだと騒ぎ立ててくる。

確かに用心棒をしているなかで、殺生する場面は多々あるが、あいにく好んで人を殺すほど腐ってはいない。斬れない肉を無理やり引き裂いて、触ってるだけで傷つきそうなあの鋭い刃物を扱うなんて、蓼食う虫も好き好き。


「まあ、落ち着きなって。そいつはそういうやつじゃないさ」

「ですがっこの女を信用に値するところはどこにありましょうか」

「うっわぁ、酷い言われ様だな。おめさん、泣くか?」


ニタニタと薄汚い笑みを見せながら私に近づいてきたので、拳ではなくしなやかな平手でくせ毛男に一枚お見送りした。紙風船がいきなり空気の抜けたような音ではなく、もっと力を込めて、鈍い音を出した。相手の体が少しだけよたった。


「あんたのことは一切呼んではいない、私が会いたいのは偉い人さ。私だって暇じゃないんだ、ぐずぐずするんじゃないよ。阿呆が」