聞いてみる→なんでここに居るの?俺は小料理屋にミョウジナマエを連れ込んだ。知り合いがいて、本当はそこに行って久しぶりに会いに行こうと考えていた。けれど事情が事情だ。
仕方がない。俺が顔を合わせて会釈すれば、相手もちょっとだけ俺が真剣なやり取りをするためにここに訪れたことを察して、カウンターではなく個室になっている部屋へ通した。
お冷とおしぼりが運ばれて俺は適当につまめるものを頼んで、目の前に焦って視線を四方八方に動かすミョウジナマエに声をかける。
「なんでお前みたいなイイコチャンがこんなところにいるわけェ?さぞかし金に困ってるようには見えねぇけど。あれダロ、日常に飽きたからこんなところにいるみてぇな話?」
たしか、コイツはいつも地味で目立たなくしている、ひとりぼっち系の女。だが、こんなにおしゃれに着飾って、ナチュラルに化粧だってしちゃって、胸のポケットに入れている携帯だって俺は見たことがない、夜の街で自分を出す系か?時計を見ると、子供はもう寝る時間。
ミョウジナマエはいつの間にか、ふくれっ面で俺を睨んだ。言い方がきつかったか?けれど包み隠さず言うのは嫌いだ、悪いな、俺はそういう男なんだよ。
「そう思いたいなら、そう思えばいいさ」
「随分と投げやりなことを言ってくれるじゃナァイ?」
お冷に手を伸ばして、水滴が滴り落ちるコップを取って喉に流し込む。キンと冷たい水が喉に通り、胃の中に入っていく感覚を覚えた。
そりゃ随分と遠くまで移動したからな。
喉が渇いていないわけがない。
頬杖をついてミョウジナマエは思いつめたような眼差しで、どこか別な場所を見ている。ここではない、どこかを見ている。なんとなくだが、彼女にも言いづらい事情を孕んでいるんだと思えた。
そんなの今更。
「…正直に言ったって何も変わらないでしょ」
「言わなきゃわからないんじゃナァイ?」
ニヤっと笑って俺が反論すると、一段とムッとした表情に変わる。一度も喋ったことがない相手にこんなに嫌われたのは久しぶりかもしれない。昔を振り返ると、フクちゃんが凄いと思えた。必死に自分の中にある苛立ちを諌めて、俺は彼女に目を向けた。
ふと、指先を見ると綺麗に整えられている爪、とはほど遠い爪の形。マニキュアだって塗っていないし、指の形もなんとなくいびつだ。
「おせっかい、ウザイ」
フクちゃん、俺は心底尊敬したわ。
持っていたコップをテーブルに置いて水滴で濡れた手をおしぼりで拭く。
ああ、自転車で走ってもいないのに腹減った。さっさと料理持ってこいよ、別にコイツ彼女ってわけじゃないんだって。知り合いに心の中でそっと要望する。ウザイと言われたのは癪だ、俺だってハイハイ調子よく言ってるわけじゃねぇんだよ。
「っせーヨ、オラ、さっさと喋んねーと」
「…ッチ」
「早速舌打ちでだんまりかヨ、ガキか」
俺も頬杖をついて彼女ではなく別なところを見た。タイミングがいいのか悪いのかよく分からないときに、知り合いは満面の笑みで料理を運んできた。
三種類、俺は頼んだはずなのにいつの間にか二つ増えていた。女の子ウケが良さそうな野菜中心の食べ物に俺は顔をしかめた。知り合いはニヤニヤ笑って口パクで「頑張れ」と伝える。いっぺんシメてやろうか、コイツ。そう思っていたら、いつの間にか完璧に料理を配置したようでそそくさに出て行った。
「…探してる人がいる」
「ア?」
「こうすることにはちゃんとした理由があるの。私には探している人がいるから」
「だからって夜にフラフラ歩くのもどうかと思うゼ?」
「未練タラタラなのはわかってるけど」
頬杖をやめて、ミョウジナマエはうつむいていた面持ちを徐々に上げて俺と目を合わせた。黒い瞳が二つ、俺を射抜くように見ている。
「けれど、会いたいんだ」
そういった彼女に俺は力になりたいと思った。フクちゃんも、俺と出会ったときはそう思ったのかは不明だけど。この時、俺はどこかでフクちゃんと同じ感覚を共有したような錯覚に囚われた。
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