長編 | ナノ


声をかける→お暇ですか?
私には見慣れたこの景色、黄色にピンク色に赤色、時折見える青色や紫色の光に包まれて私は薄っぺらいなんちゃって制服で、片手に携帯を持って相手を探していた。

漆黒の手入れの効いた黒い髪の毛、ナチュラルに施したメイクに気の強さを強調するようなまつげ、パンツが見えるってくらい短くしたチェック柄のひだスカート。オレンジ色のリボンをつけて、上からピンク色のカーディガンを羽織る。まだ来たばかりだったから誰も誘ってこない。私も話しかけられるまで携帯を触りながら友達とメール。


真面目の化けの皮をかぶっている私に気づいて学校中で有名になることなんてない。安心してこの世界で羽ばたくことができる。夜の世界って案外ちょろくて、一緒にご飯食べたりカラオケ行ったくらいで福沢諭吉を何枚も差し出してくる、欲しい情報だって苦汁を啜ることなく吸収できる。ありがたく私は頂いてるよ。
邪魔になってきた長い髪の毛を、バサリと片手でなびかせたときだった。


「…まじかヨ」


と小さなつぶやきが聞こえる。

私に向けられた言葉じゃない。そうだ、私は聞こえなかった振りを突き通そうと思って携帯電話の画面をいじくりまわす。


「お暇ですか、オネーサン」


時計を巻きつけた私の片手首を掴んだのは、まぎれもなくクラスメイト。名前はなんだっけ、ああ。
元ヤンキー、現在は自転車競技部で実績を残す荒北靖友くんじゃないか。どうして彼がここにいるんだ。もう、そういう世界からは足洗ったんじゃないの。


「ちょっとでいいから俺と付き合ってくんネェ?」


伊達にヤンキーやってたわけじゃないね、女の誘い方も上手だった。
私は携帯を胸ポケットに入れて、首を縦に振る。ここで声なんて出してしまえば一発でミョウジナマエだってバレてしまう。綱渡りするような感覚で彼に手を引かれるまま連れてこられたのは小料理屋。
こんなところあったのか、私は彼に促されるままに椅子に座って近づく。


「そういうのいいから、どういうことか説明しろヨ。ミョウジナマエチャン?」

「え、バレてた?」

「モロバレだっつーの、それでバレてねぇと思ってるお前もお前だ」と、荒北くんは私を馬鹿にするように笑った。運ばれてきたお冷で喉を潤すと自分が窮地に追いやられていると再び思い出した。