なんでもない、生活の一部「前髪切ろうかな」
「…ついに、決意したか。ナマエ!この俺に任せるがいい!」
荒北くんにも、もう鬱陶しい前髪を切ってしまえと言われていたし、暑い夏にだらしなく伸ばすのも汚らしい。小さく呟いたはずなのに、遠くにいた東堂くんは走って私の目の前で鋏を開いたり閉じたりと、やる気満々だ。慌てて私は首を横に振った。
「いいよ、ちゃんと美容室で切ってもらったほうが」
安全だから、という前に東堂くんは私の前髪を捕まえる。
案の定、驚いて開かれた彼の瞳と私の瞳はぶつかる。青瞳が見えた途端私は顔を赤らめて下を向いた。また、気持ち悪いって思われたらどうしよう、日本人なのに、黒い瞳じゃないって。
そのとき、遠いところで「東堂ォ!なにナマエのこと泣かせてンだ!」と荒北君が怒鳴っているのが聞こえた。
「いや、そうじゃなくて、だな。前髪を切ってあげようと」
「アァ?前髪だァ?そんなの俺が切る」
「いや、待て、尽八。靖友。ここは俺が切るべきだ」
なぜ人の前髪を切るだけで盛り上がるんだ。男子高校生ってよくわからないな。どこから新開くんが登場したのか疑問だ。なぜか新開くんの体に葉っぱがついている。うつむきながら言い合いを聞いていると、肩を叩かれてとっさに顔を上げる。
「大丈夫だ、結局東堂が切るだろう。あの三人の中で一番器用なのはアイツだ」
「福富くん、ここで切らないという選択肢はないのかな」
前髪の隙間から見えた福富くんの堂々とした表情に若干抵抗を覚えた。そっと自分の長い前髪を触ってどれくらい切ろうか考えているとき、東堂くんがこちらを振り向いて「誰に切ってほしい!?」と聞かれたので、曖昧に返事を返した。その態度が詰まらなかったのか気に入らなかったのか、東堂くんは私の肩をつかんで真剣な表情で淡々と語った。
「いいか、お前のような綺麗な瞳をこの瞬間、隠しているだけで輝きが曇ってしまうんだぞ」
「そういうのは俺にとっては好都合だけどネ」
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