長編 | ナノ


振り絞って出た言葉は子供くさい、愛情表現
放課後、荒北くんが部活を終えるまで図書室で待つことにした。前みたいに外でひとりでいるのは良くないと言われたからだ。そうだよね、ひとりでうさぎを抱えるポーズをしていたら気持ち悪いよね。


昨日、ちゃんといたんだ。ウサ吉のお母さん。こちらをじっと見てきて、数秒後に私の足元を跳ね回って抱き上げて欲しいとせがんで来たのだ。

私は慣れない手つきでウサ吉のお母さんを抱き上げた。ウサ吉のお母さんの視線の先には新開くんが、ローラーと言われるものの上で自転車を一生懸命、漕いでいた。数十分後、新開くんは自転車から降りてしまった。ウサ吉のお母さんも、ウサ吉も新開くんが大好きなんだな。


視線を感じて私が振り向くと、そこには驚きを隠せないでいる荒北くんがたっていて、私は荒北くんに自慢げに見せると、悲しいような、困ったような顔をして私を見ている。どうして、と聞きたくなってしまったけど、壊れそうな気がした。

案の定、めちゃめちゃになってしまったが。


でも、次の日、荒北くんは覚悟を決めたようなキリッとした顔つきになっている。長い前髪の間から覗いてみると、初めて見る目の色にドキっとした。人と向き合うって、こういう事なんだろうな。


「東堂くん?」

「…お前か」

「う、うん。部活終わったの?」


東堂くんにおっかなびっくりに聞いてみると、嫌悪感丸出しで私に突っかかってきた。わお、私何かしたっけ。いや、普段から私のことを気持ち悪いと思っていて、ここで絶頂になってしまったのか。両手でカバンを持ち直して、罵倒の言葉を待っていると、予想の範疇を超えた言葉が出てきた。


「お前のせいで、俺は昔森の中で迷子になったんだ!」


鞄を地面に投げつけて東堂くんは怒り始めた。

一瞬のことで、東堂くんの口から出た言葉を理解するのに普段より数秒はかかった。顔を真っ赤にして私を睨んで東堂くんは詰め寄ってくる。わ、近い。拒否する態度をとる暇すら与えてくれなかった、勢いに任せて目の前にいる彼は言葉を発する。


「…ハイ?」

「何考えているかわからない、お前を理解しようと森の中にあると聞いた家に行こうと、俺は暗い中一人で彷徨っていたんだぞ!それを覚えていないなんてなんてひどい女なんだ」


私って、東堂くんと面識あったのか!?ものすごく申し訳ない、というよりひどい女って東堂くんの中で私はどういう位置づけをされているんだ!?


「そういうことだったのか、尽八」

「げ、新開」


パワーバーを食べながら登場してきた新開くん。
その足元にはウサ吉のお母さんがいた。笑いかけると新開くんの足元を飛び跳ねている。不思議そうに私を見つつも新開くんは東堂くんに絡んでいた。楽しそう、私もあんなふうに友達と笑い合いたいな、なんてかなわない夢を見ている。


「ミョウジ」

「荒北くん、お疲れ様」

「おぉ…何してんのォ?お前ら」

「靖友、コイツがミョウジのことを煙たがっていた理由を聞いてくれ!」

「なっ新開!やめろやめろやめろっ!」


お話についていけない。荒北くんはニヤニヤしながら東堂くんに詰め寄って行く。これが男子高校生の姿なんだな。

私みたいな異形で、危険因子と友達なんてなれないんだ。

夢なんて見れないくせに、何してるんだろう。前髪の小さな隙間から彼らを見て、私は張り付いた笑顔を向けた。


荒北くんは早々に話を切り上げて私の片手を掴んでズカズカと帰路へ進んでいく。私も、歩幅を合わせることができないなりに、足を速めた。


「ミョウジ」

「どうしたの?荒北くん」

「やっぱ、昔からそういうの見えて嫌な思いしてきたのか?」

「…うん、けど仕方がないの」


周りと違うということは、世間は許さない。みんな違ってみんないいなんて、誰が提言したんだろうか。ちょっとだけずれていたりしたら、みんな認めてくれるわけじゃない。世の中は何よりも簡単に崩れていくものだった。

多勢が見えなければ見えない、少数なんて知ったこっちゃないんだ。嘘を言っていないのにみんなは私のことを嘘つき呼ばわり、目の色が違うからって化物扱い。家族からも見捨てられてただひとり、森の中でなるべく人と関わらないようにした。見たいものを見ないように我慢した。
ミョウジナマエは、化物で、この世界で一番の嘘つきなんです。

荒北くんは私が「仕方がない」と諦めたように言った後は何も返さない。


「あれ、やっぱ変なこと言っちゃった?ごめんね、でもあと1日だから、我慢」

「ンなこと一度も言ってねぇだろ!バァカ!」


バチンと、頭を叩かれた。平手で叩いた荒北くんは「謝んねぇからナ!」と言う。けど、そんな叩かれた頭より、荒北くんに言われた言葉の方が数百倍痛かった。どうして事実を言ってるのに、彼は違うというんだろうか。
どうして私に見れない夢を見させるんだろうか。ありのままの私を認めてくれる発言は胸に突き刺さる。荒北くんは私の両肩を掴んで叱りつけた。


「俺はお前を信じるっ、どっかのアホみたいに空回りなんてしねぇ!」

「うん、わかってるよ」

「わかってねぇ!お前のことが嫌いだったらそもそも話しかけねぇしペアなんて組まネェヨ!我慢?んなのしてるわ!朝っぱらから頭に花弁くっつけてくるわ授業中はぼんやり口半開きで、昼になれば訳のわからないどこで拾ったのかわからない野草を食うわ木苺持ってきて食うわ、お前はどこ生まれだ!」

「に、日本だよ!」


論点が違うと思う、山育ちだから仕方がないじゃないか。私が言いたいのは、そんなことじゃない。両肩を掴んで荒北くんは何度も私を揺らす。顔を赤らめて怒鳴り散らす姿は、元ヤンキーがぶれて見えた。


「お前のことはとっくの昔から認めてんだ気づけヨ!バァカチャン!」


自分の頬に生暖かい雫が流れた。ギョッとした荒北くんは私の頬を伝って流れる涙を袖で拭ってくれる。けど、私の涙はひと拭きじゃ足りなかったみたいで、荒北くんは何度も私のためにしてくれる。我慢していたことが、見れないと思っていた夢が叶うかもしれない。不可能じゃないとささやき始める。嗚咽が混じってきて耐えられなくなった私は邪魔な前髪を分けた。彼にも見えているだろうか、私の青い眼が。普通から見たら気持ち悪いと思われる眼を、咎めることなく涙を拭いてくれた。そんな彼の優しさの理由を知りたくなる。


「あーな、殴って悪かったヨ」

「謝らないって、言ったのに」

「気が変わっただけだっ、帰ったらちゃんと目、冷やせヨ」

「山の水、冷たい」

「仕方ねぇな、ベプシで冷やせ。自販機行くぞ」


荒北くんはぶっきらぼうに私にそう言っては、また手首を掴んで連れて行く。どこに行くのかも知らないで彼を信じてひょこひょこついて行くのは警戒心が足りないのかも。でも未来予想しながら、生きていくのも楽しいよ。心の中で背を向ける荒北くんに言った。


「わがままで鈍感でアホなミョウジにはお似合いだ」


小さな隙間から、一筋の光が私を照らす。その光をくれたのはまぎれもなく彼でした。