長編 | ナノ


躊躇いなく踏み荒らせば荒らすほど遠くなる
「うさぎ?」


荒北くんは自転車競技部にいると聞いているので、私は部室へと急いだ。

教えてもらった通り道をたどっていくとフコフコと鼻を鳴らしながらこちらを見ている茶色いうさぎが二匹いた。一匹はお母さんでもう一匹は子供のようだ。こんなところにうさぎ小屋があるとは思わなかった、今日荒北くんに教えよう。


***


「ン?」


昼休みになって気づいた。ミョウジがいない。先にいつもの場所に行ってしまったのか、自己解決していたときに、俺はあることを思い出した。
前日にミョウジに会いたいと言っていたフクちゃん、アポイントメントを取らずに合わせるのも気が引けるがこの際、仕方がない。俺はフクちゃんのいる教室へ向かう。


「荒北」


聞きなれた声が耳に届き振り返ってみると、そこにはカチューシャをかけた男、東堂がいつもと変わらない表情を浮かべて立っていた。

東堂の片手にはお昼に食べるであろうものが握られている、学食で食べるんじゃないのか、と質問しようと思った。だが、東堂は俺が声を出す前に事情を説明する。


「今日はお前たちと食べると、フクが言っていたぞ!」

「場所はどうやって知ったんだヨ」

「お前の行きそうなところくらい把握している」


得意げに笑っている様子からして、俺を迎えに来たんだと察知した。と、いうことはフクちゃんと新開はもう会っているかもしれない。ちょっとだけモヤモヤする心の中に小さく舌打ちをする。東堂は有無を言わせずに、俺の背中を押して横階段へと進んでいく。


***


「ウサ吉さんのお母さんは心配性だね」


大きい方のうさぎに、食べられる野草を与えてみるが、一向に食べてくれない。やっぱり飼い主が与えてくれないと食べないんだなぁと思いながらもう一匹の小さい方、ウサ吉と呼ばれているうさぎにえさを与える。食糞の習性だから、いつの間にかたくさんの糞が落ちている。色をみていると、食物繊維のものが多いみたいで、うさぎ専用のフードを食べていないんだなぁと実感する。野兎だから気を使っているんだろうか、あげようと思っていた草をもっさもっさ食べていると目の前が暗くなった。曇ってきたのかな、荒北くんに知らせなきゃ。


「おめさん、何してんの」


茶髪の、ふんわりパーマをかけた、タレ目の同じ学校の制服を着た男の人が立っている。怒気を孕んだ瞳に一拍置いて、呼吸を整える。

私はもっさもっさ食べてた葉っぱをちぎってお弁当箱の上に置いた。咀嚼したあとに、私はその人に言葉を返した。


「野草食べてます」

「…そのうさぎ、俺が飼ってるんだけど」

「人も食べられる野草だから、うさぎも平気」

「そんなの信じられるはずないだろ、さっさとそこっ」


しゃがんだまま私が言葉を返したのに腹立てているのか、それとも、うさぎと戯れているから許せないのかいずれのどちらか。うさぎに餌を与えてはいけないとこの小屋にも書いていない、理不尽に怒られているような気がして私は眉間にしわを寄せて男の人を見据える。割って入るように金髪の大柄な男の人が目の前に立ちはだかる。


「言い方が悪い、すまない」


そう言って頭を下げた。きょとん、と目を丸くさせているとうさぎは私の指の匂いを嗅いで空腹を満たしたいと感じさせる。どう返していいかわからなくなって黙っているのも、なんだか時間がもったいないと思えてきた。だから私は「よくわからない」とだけ言う。

砂利を踏みしめる音が聞こえて、視線をそちらへ移動させると荒北くんともうひとり、カチューシャをつけた男子生徒が来た。


「ミョウジ、なんで教室いねぇんダヨ」

「ウサ吉にお裾分けしてた」

「返事になってねぇし、お裾わけだったらなんでお前も食ってんだよ」

「今日の朝採れたから美味しいよ、荒北くんにも木苺あげる」

「会話成立してねぇんだケドォ!?」


藍染した巾着を渡すと叫びながらも受け取ってくれた。

荒北くんはこういったところを律儀に受け取るので、根は優しんだなと何度も思い出させる。もうひとりの男子生徒は私をじっと見て、荒北くんがお礼を述べたとたん軽蔑するような眼差しに変わった。随分私も嫌われたものだなぁ。


「荒北、この人がミョウジか」


金髪の男子生徒が腕を組みながら荒北くんと話している。お友達なのかな、すごく新鮮。


「そうだケド、なんで先にフクちゃん達が行くわけ?」

「寿一は待っていられなかったのさ、ヒュウ」


自転車競技部の人たちって案外、ネジが二本くらい抜けてる。帰り際、無表情かつ真剣な眼差しでペダルに力を込めて回しているのに、普段はこんな感じなんだ。
食べかけの野草をまた、口の中に含んでハーブティーで流し込むとお腹が減ったことを忘れていた。空っぽになっていた井の中に突如としてぶち込まれたハーブティーで思い出す。


「腹減ったから早く食べようか」

「ム、そうだな。ミョウジ」

「うん?」

「俺たちも同席していいか」

「うん」

「ミョウジ、流されてる。完璧に流されてんぞ」


荒北くんは心配そうに私を見つめるけど、平気。

たった一日くらいなら、コミュニケーション能力の低い私でもやりきれる気がする。けれど、不安はぬぐいきれないので荒北くんの横をキープする。巾着に入った木苺を何粒か取り出して口の中に放り込んでいる姿を見て私は「あ」っと声を上げた。


「荒北くん、木苺って」

「ッゴフ」

「種があるんだけど、口当たりが悪い…ごめん、もっと早く言えばよかったね」

「ンなのはどうでもいいんだヨ。驚かせんナ!」

「荒北、もっとおとなしく食事を」

「この紫色のやつも食べれんのか?」

「うん」

「ミョウジは食ったのかヨ」

「ジャムにしていま大量消費している」

「分量考えて作れヨ、そういうとこ抜けてんだから」


「…俺たちも会話に入れろー!」


カチューシャの男子生徒は大声で叫んだ。
驚いた拍子にお弁当が落ちそうになり、私は無言で慌てる。荒北くんは「ッセーぞ東堂!」と憤慨しているけれど、私には彼の名前を知らない。呆然とカチューシャの男子生徒を見ていると、茶髪のパーマをかけた男子生徒は大量のパンの袋を開けながら口をはさんだ。


「尽八、ミョウジはきっと俺たちの名前を知らないんだ、だから話についていけないんだ」

「…この俺のことを知らないのか!てか、覚えてないのか!?」