長編 | ナノ


見つけられないから、些細なことから始めてみた
私は小さい頃から嘘をつくことが嫌いでした。けれど世の中は言っていい嘘と言っちゃいけない嘘があるんです。


それの代表例が、私の家についてでした。

はっきり申し上げますと私の家は学校の裏の森林の中にあるファンシーな家です。だから周りにはたくさんの木々や、野草、お花に囲まれています。よく、野草やお花を摘んできては食材に使ったり、染ものに使ったりします。けれど、そういったことは普通の人から見たらズレているようで、信じてくれる人はいませんでした。私の目に見えるものも、普通の人からにしては見えないものばかりで不気味だというのです。家族に話すと、仕方がない、私は普通じゃないから。と一言で蹴り飛ばします。


確かに私は普通の人じゃありません。
家族にあの、可愛らしい家にひとりぼっちで置かれるほど、私は危険因子のようです。

周りからは嘘つきと呼ばれて、孤立した、そう、額縁の中で生きているような毎日を繰り返して。ああきっとこのまま私は人生を棒に振るような生き方をしていくんだなと覚悟しました。


けれど、そんな薄っぺらい覚悟は壊されそうです。


荒北靖友くん。
荒っぽい性格で、事勿れ主義の分類の人間かと思っていました。それは見当違いだったらしくて、今日も彼は私に声をかけます。

興味があるから、そうするのかと思っていましたが、最近ではその方向は全く違うような気がします。


直近、友好的な態度をとってくれる彼に私は嫌われたくないと思いました。だから私は隠し続けると決めました。自分の家も、自分の目のことも。知られてしまえば手に余る程の幸せが、細やかな砂のようにサラサラと残酷な程優しくなくなってしまいそうだからです。

こんな気持ち、ちっぽけも知らない彼に笑いかける自分に私は「バカ」と名付けました。


***


テーマもしっかり決めて、それに沿った話を要約するのに時間はかかったけれど、その文だけ彼と話す時間が増えた。ほかのペアよりはスムーズに進んでいて、こんなにもスピードをつけて終わるペアは初めてだと先生にも褒めていただいた。荒北くんも嬉しかったみたいで、前のスピードよりちょっとだけ拍車がかかった。


「文字数余ったんだケドォ、そっちでどうにかならネェ?」


シャープペンで私の机を数回叩いて、集中を切らせた荒北くんに顔を向けると疲労がたまっているような、厳しい顔つきが前髪の間で微かに見えた。これ以上負担をかけないように努力しなきゃ、荒北くん、頑張ってくれてるし。私は「大丈夫、文字数調節するから」と口元だけ笑ってみせると、安心したような表情に打って変わった荒北くんはピラっと何枚かのレポート用紙を私に差し出す。


「ミョウジ、だいたい出来上がったから誤字脱字ネェか見て」

「うん。私も出来上がったから交換ね」

「おお」


手渡されたレポート用紙に私は目を向ける。ちょっとだけ紙面をずらして荒北くんを見ると、彼は真剣な眼差しで私の出来上がったばかりの文面を見てくれている。前まではそんな人、どこにもいなかったのに。


「荒北くん、ここの漢字。間違ってる」

「…赤ペン入れといて」

「真っ赤になってもいいなら」

「どことどこダヨ、さっさと俺に教えろ!」

「教えるから落ち着いて、ここ図書室」

「ンなこと分かってんだヨ!で、どこなワケェ?やっぱなかったとか言わせネェぞ」


なんの接点もない私に「ペアを組もう」と誘ってくれたこと、すごく嬉しかった。

初めて聞いたときは、昔のようにただこき使われて終わりだと思っていたのに、彼もやる気満々だった事実に私は心の中で感動した。お昼も一緒に食べてくれる。


生きてきた中で一番の幸せに属する。あと片手で数えるくらいしかない日数でしか、彼とのペアでいられる期間がない。寂しい、という感情が初めてわかった。

自分の一方的な気持ちに蓋をして私は、荒北くんが書いた字を読み始める。

***

昼飯の時間になったとき、ミョウジは先にいつもの場所に行っていると焦りながら言っていた。なにがあったんだとは、その急いでいる様子に口を挟むことはできなかったので、俺は「ああ」と短く返事をした。俺もさっさといつもの場所に向かおうとビニール袋を手にする。教室のドアを開ける前に「荒北はいるか!」とドデカイ声で東堂が俺の名前を呼んだ。
気の抜けた返事をしながら東堂の方へ足を運ぶと、新開とフクちゃんもいる。今月は一緒に食べないと部活の時に話していたのに、なぜここにいるんだ。


「靖友、ミョウジさんとのペア。どうなんだ?」

「どうって、普通だけど」


茶化しに来たのか、こいつら。パワーバーをくわえてるコイツがバキュンポーズをするので俺は空いている片手で叩き倒す。


「昼も一緒に食べているみたいだな、不純異性交遊はいかんぞ!」

「テメェは何の心配してんだヨ!」

「荒北」

「なんだヨ、フクちゃんまで」

「調子がいいな、最近」


「…ヒュウ」と、小さくつぶやく新開に俺は苛立ちを隠せなかった。そのとき、フクちゃんは俺の顔を見て「一度でいいから、ミョウジに会わせてくれ」と頼んできた。自転車以外にあまり興味を示さないフクちゃんがなぜ、ミョウジに会いたくなったのか俺は首をかしげたくなるが、聞かない方が得策だろうと思ってわかったという意思表示を首で縦に振った。けれど、東堂だけは嫌なにおいを放っていた。