長編 | ナノ


聖人君子でもない、そんな俺に可能なことはなんだろう
「オハヨー、ミョウジ」

「っ、おはよう。荒北くん」

「なんかいいテーマ決まった?俺全然わかんねぇわ」


一方的に俺から話しかけてみると、ちょっとだけ警戒心と不安を見せていたが慣れてきたのかうつむきながらも返事を返してくれた。少しは見えるだろうと期待していた、長い前髪で隠れている目は見えなかった。どんな目をしているんだろう。俺の席ではない、イスを拝借してミョウジの前に頬杖をついて話しているとふんわりと、草木の青い香りがした。微かに花の香りもしている。

どこかで嗅いだことのあるような…頭の中でよぎった考えを、ありえないという一言で消し去る。


「猫」

「ア?猫がどうしたンだヨ」

「…ううん。荒北くん、私が全部やっておくから、大丈夫。あとで口裏合わせてくれれば」

「…」

「でも、名前のところは書いてもらわないといけないんだけど」

「ミョウジ」


違った、慣れてきたんじゃない。


「言っておくけどナァ、俺はめんどくさいからってお前に押し付ける気はさらさらねぇヨ」


ミョウジはきっと俺が「ペアを組もう」と言われた時に咄嗟に自分は、こき使われると思ったんだろう。きっと、俺が彼女に全てを押し付けて授業をサボるんだろうと勘違いして俺になれたような素振りを見せて話を合わせているんだ。確かに俺は目つき悪いし口悪いし、足癖悪いし文句たれる元ヤンだけど、そこまで腐ってない。真面目に言っているつもりなのに、ミョウジはまだ俺のことを信じてないみたいで俺に目すら合わせてくれないのだ。俺が直接ミョウジに悪いことした記憶はないのに、ここまで警戒心むき出しなん…あ。
人を信じていないのか。


「ミョウジ」


不意をつかれたように、ミョウジは顔を勢いよくあげた。俺が近づいていたなんて毛ほども気にしていなかったのか、額と額がゴツンと鈍い音を立てて鈍痛を生み出した。石頭だと思わせるくらい彼女の額は痛かった、片手で額を抑えて唇をかみしめて声を殺していると、彼女も同じポーズをとっていた。

数秒だけのやりとりだったのに、ショートホームルームの時間だと知らせるチャイムが鳴り響く。今日は選択授業ばかりで、顔を合わせることが少ないかもしれない。俺は切羽詰って口から出まかせになった。


「?」

「今日の昼、食べながら考えよーゼ。そのほうが手っ取り早い」


彼女が言い返す前に、俺は背を向けた。反論は許さねぇ、昨日から俺とミョウジナマエはペアなんだから。


***


「フクちゃん、悪いケド今日は俺抜きで食ってて」と、断片的なメールだけを送って俺はミョウジがもたもたしている隣に音を立てずに立っていた。

返信はどうせ、東堂か新開あたりだろう。フクちゃんは俺の気持ちを察してくれるので野暮になることはない。ふわふわしている髪の毛のあいだに、小さな花弁が挟まっていた。無言で取るのも悪いと思いつつ、俺は「ミョウジ、髪の毛に花弁ついてる」と言って髪の毛を触った。

猫のように絡まりそうで絡まない細い髪の毛、まとまらないその髪の毛の間に引っかかっている花弁を取る。紫色の花弁を俺は左手にとって力を込めて握った。


「ありがとう、荒北くん」

「気にすんナ、それと外で食べてもいいヨナ」


「うん」

弁当と水筒を持ってミョウジは立ち上がる。周囲からは奇異の目で見られるが、そんなの知ったこっちゃない。


涼しい日陰で俺は昔のように腰掛ける。隣にいるミョウジは戸惑いつつも腰を下ろした、教室で食べてるから、彼女にとってこういった場所は煙たがるのだろうか、なんて繊細な考えを前提に持ってこなかった俺は、しまった、といった表情が滲み出た。だが、心配はいらなかったみたいだ、彼女は特段拒絶するような顔はしなかった。

ビニール袋に入れてあるいくつかのパンを取り出して、ペットボトルも傍らにおいた。


「パンが好きなの?荒北くん」


おお、初めて声かけたな。ちょっとした感動を覚える。ビリっと引き裂いたパンの袋を見て、ミョウジは不思議そうに俺に声をかける。パンが好きっていうよりは。


「購買かコンビニで買うくらいだからこだわるほど種類ねぇんダ」


弁当を開けている彼女のその中身を見ると、綺麗に敷き詰められているが、少しだけ変だと思った。女子高生の弁当って言えば、かわいく彩られた惣菜や冷凍食品などが主だ。けれど彼女の弁当は、全部手作りのようだ。しかも、緑のものが多い。


「野菜好きなのォ?」

「まあ、野草も好きだよ」

「…これ、食べても大丈夫なのォ?」

「平気だよ、昨日帰りにとってきたから」

「ミョウジの家ってどこにあるんだヨ。寮生じゃねぇのは知ってっけどヨ」


そう聞いたとき、ミョウジは口を開いてまた閉じた。言葉を発する前に、ミョウジはうっと詰まって苦笑を浮かべて「秘密」だと語る。その秘密の中には居場所を隠したいといったことはないけれど、俺を信頼していないという要因だけははっきりとわかった。東堂が言ったとおりに彼女が住んでいる場所が突拍子もないところならば、信じがたいかもしれない。

だが、見てみなきゃわからない。
青々とした葉に包まれた肉団子っぽいものを俺がひょいっとつまんだのに対して、何も言い返さない彼女に無性に腹が立った。


「おいしい、かな?」