短編 | ナノ

Stronger
病み表現を含む



「聞こえてる?ナマエ」


呆然としていたら、新開にそう言われた。

初めて付き合った彼氏がこんなに暴力的な人だとは思わなかったのが、呆然としていた理由。

彼のほかにここで暮らしている寮生の人はまだ帰ってこなくて救われたと思う。ココアの入ったカップなんて床に、破片となって転がっていて、テーブルはめちゃくちゃになっている、殴られたところが痛いのか、熱いのかわからない。

新開の顔を見ようと私がそっと視線を新開の足元から上ってみたら、不機嫌そうな表情だけが目に飛び込んできた。


「あのさ、俺言ったよね?嫉妬深いって。それに手が出るのも早いから覚悟してって」

「…うん」

「理解してないから打ったんだけど、やっぱりわかんない?」


倒れ込んでいる私に視線を合わせるためにかがんだ新開は、はあ、っと重たくため息を吐いて、むしゃくしゃしている時によくする頭をかきむしる行動にうつった。

ふんわりとした髪型から、ぐしゃぐしゃとかきむしったせいでだらしなく見えるけどそれを直してあげる心の余裕はない。

触れたいという気持ちとは裏腹に雰囲気を取り戻したいと自己防衛の脳だけが働いてくる。


「ナマエ」


私の名前を、甘く囁く彼はずるい。

かがんだ状態で顔を覆い隠すように腕を組んで下を向いている。倒れ込んでいる体制から、私は立て直して片手を伸ばす。そっと、ガラス細工のように、儚げで壊れてしまいそうな彼を触ってみることを決意した。するりと頬をなでると新開は目を見開いて顔を上げた。


「どこにもいかない」

「わかってる、わかんてるんだけど。俺」

「寂しがり屋のうさぎさんは置いていかないよ」

「一生、俺を離さないでくれ。もう俺の心を殺すようなことなんてしないでくれ」


なでていた手は、彼が言葉を発しながら彼自身の両手で包み込んではあっと熱い吐息をかけた。