家庭教師
「こんにちは、奥さん」
家庭教師の先生が来た。この先生はわりと評判がいい。奥様勢に。ふんわりしたパーマで、一見チャラそうに見えるけど実際は紳士的で、真面目で、熱意のある先生だ。私もこの先生に勉強を教え込まれて、徐々にだが成績も上がってきているし、授業もわかるようになってきた。出会ったころ、先生は気さくに「俺のことは先生って呼ばないで純太でいいからな。あんまり先生って呼ばれたくないんだ」と、声をかけてくれた。
「あら、手嶋先生。ごきげんよう。今日もうちの娘をよろしくお願いします」
「ええ。任せてください」
母さんは先生が来るのをいつも楽しみにしている。気合を入れて一日中掃除をしたり一時間かけてお化粧して、着替えたりして、帰りを遅くさせるよう私に言いつけたりする。変だな、なんて思わない。父さんはそんな母さんを見下している。兄も知らんぷり。前まで暖かかった家族を壊したのは私が悪い、私が頭の出来が悪くて、家庭教師なんか頼んだからだ。
いつも二階に上がる足取りは重い。母さんから突き刺さる視線と、楽しげににこにこ笑っている先生。部屋に通すと先生は笑みを崩した。
「で、前のテストは?」
「国語90、数学92、世界史87」
「物理は?」と、私の嫌いな教科を言い放つ。眉間にしわを寄せながら「60」と答えると鼻で笑う先生。こんな男が先生なんて笑える。私は直ぐに椅子に座ろうとすると、先生は座る前に私の机の上にありえないほどの宿題を置いた。
「俺、信用は失いたくないんだ。やれよ、それ」
先生はそう言ってベッドに腰掛けた。ベッドは形が崩れるから絶対座らないでって言ったのに。腹立たしさと悔しさでいろいろ湧き上がってくる感情を抑えて私はシャープペンを執った。ベッドに腰掛けて私を舐めるように見ている先生は私の敵だ。
「集中しろよ、そんなに俺が気になるか」
そう言ってくる先生に嫌がらせとして筆箱を投げつけた。
← →