短編 | ナノ

私は誰?


「新開君ダメだよ、そんなところに居たら落ちちゃうよ」

「ここさ、すごい高いからさ、景色がいいんだ。こっちに来て見てみようよ」


高校二年の時から、新開君はよく、私を呼びだして高いところへ誘うようになった。新開君とは中学の時から一緒で仲のいい友達だ。はっきり言うと、彼には可愛い彼女がいるはずだ、三人程度。私は彼と違って顔がいいわけでもないから彼氏なんていない。高いところを見つけては私を連れまわす彼に私は重たく溜息を吐いて、注意を促す。彼は笑顔で、平気だと言って高いところの端を歩く。今日は無人ビルだ。


「なあナマエもこっちこいよ!俺と遊ぼうぜ」


彼をよく見ると目は淀んでいて、口元は至極うれしい感情を抑えられないくらい歪んでいた。私は入り口付近で体を預けていた。彼のようにあんな危ないことはできないし、する気だってない。遊び相手に選ばれてしまった自分を軽く呪いたくなった。新開君は両腕を大きく振りながら歩いている。

なぜこうなってしまったんだろうか、二年生の時に野兎をひき殺したのがまだトラウマなのか?

ぼんやり眺めていたら、寝不足からくる睡魔が襲う。小さく欠伸をしたとき、目の前が陰った。


「ナマエ、遊ぼうぜ。ぎりぎりまで楽しもう」

「私はもう疲れたから、新開君だけで遊んでおいでよ」


言い終えた途端に新開君は悲しそうな表情に打って変って、突然泣き出してしまった。うおお、うおおと大きな動物が咆哮するような感じの泣き方。明日は声がかれてでなくなってしまうんじゃないかと思うくらい、大声で、野太い声で泣いている。大きな目からは沢山の涙を流して、私の両肩を彼は大きな手で掴みとって何度も何度も揺らす。がくがくと揺れる自分の体と、泣きわめく男に恐怖が湧く。


「ナマエはそんなこと言わないっナマエは俺のことを名字で呼ばないし俺を突き放すことなんてない!誰だよお前、ナマエは何処に行ったんだよ」

「私がナマエだよ」

「そんなのウソだ、ナマエはいつだって俺と遊んでくれるんだ」


子供の様に駄々をこねる新開君に慰めの言葉が出なくて、とりあえず彼とこの高いところを歩くのが最善の行動だと思った私は腕をとってなるべく安全なところを歩いた。


その時ふと、おかしいと思ったことがある。私はこんなに背が高かったっけ、それにこんな制服なんて着てた?あの時車にはねられなかった?

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