短編 | ナノ

嫉妬深さはわたしの長所


今日はエライ機嫌が悪いね、なんて同級生の彼らに言われて私は「そう?」と首をかしげた。当事者である私が機嫌悪いと感じたことは一ミリもない、これは自覚無しで不機嫌オーラでも全身全霊で噴出させているのだろうか。眉間に皺が寄っていないか、眉間に人差し指で少し力を込めグニグニ押していると皮膚を通して、骨の方が痛くなった。これでは埒があかない。席を立って鏡で見てこようと決めた途端に始業チャイムが、狙っていたかのように響いた。しくじった、そう思いながら席に座り直して授業に集中しようと私は諦めかけた気持ちから一変させる。


やっと全て授業が終わって、私は両手を上げて筋収縮させる。じわじわと血が巡るような腕の感覚に酔いしれていると、後ろの席の彼が「お疲れかよ」なんてつぶやいた。
荒北にぞっこんで萎靡していた私だったらきっと、彼の方を喜んで振り向いて話しかけているけど。
このままの私だったら…ぜってぇブチギレる可能性大。聞こえないふりをしていると、ガンっと椅子を蹴られて私は仕方がなく荒北の方へ体を向ける。ふくれっ面か無表情か、どちらにせよ笑顔ではないことは確か。


「お、振り向いた」


荒北の作戦らしいが、小学生でもやるようなことで私が笑顔の抱擁をできるわけじゃないか。やっぱり今日、私は機嫌が悪いのかもしれない。心に変なつっかえがあるのか、無性に腹だだしくて、落ち着いていられない。


「荒北のバカ、肉欲バカ」

「意味分かんねぇんだけど、って肉欲バカ!?いつ俺がお前みたいな貧乳に迫ったことあんだヨ」

「…巨乳がいいの?荒北」

「会話が支離滅裂すぎんだろ」


ッハ、っと鼻で笑われた瞬間私の怒りは頂きに達した。妖婦のような誘いもできない私のような彼女はいらないってわけですか。どうでも良くなってきて、私は体を前に向けて話をすることをやめた。荒北は不満のようで、何度も私の椅子を蹴ってきたり、髪の毛を引っ張ってくるけど全力で無視した。



ショートホームルームが終わると荒北はそそくさと教室から出て行った。あんなにしつこく私に突っかかってきたのに、一体なんだったんだ。私は立ち上がってカバンの中身に教科書を入れようと、椅子を引いた時だ。トン、と背中を叩かれて振り向いてみると、そこには新開くんがパワーバーを咥えていた。ポロポロと食べかすをこぼしながら私を見るなり笑っている。ご機嫌だなと思っていると、新開くんは私にポケットから出したパワーバーを差し出して、押し付けるように渡すと隣の席に堂々と座った。珍しい、新開くんから話しかけるなんて。


「なんかあったのか?へそ曲げたって、言いたいこと口に出してみないとわかんないぞ」

「もしかして、荒北の差金?」


「単独だ、安心しな」と、言う新開くんが頼れる空気を出す。くしゃりと笑い、頬杖をついてこちらを見る。パワーバーを分けてもらったんだから、これはしゃべらなかったら後で恨まれそうだな、ため息混じりに言葉を吐いた。


「昨日さ、荒北がめっちゃボインのお姉さんに口説かれていたところを目撃しちゃってさ」

「めっちゃボイン!?」

「なんでそこだけ強調するのよ」

「大事な部分だ。けど、それはどこで見たんだ?寮に入ってる俺たちにそんな外に出る余裕なんて無いだろ?」

「それがこの学校のOBで、寮のおばさんに会いに来た人達らしいの」


言い切ると、新開くんは納得したのか首を縦に何度か振っていた。だが、突然「ん?」と私を見ながら首を横に倒す。どこか辻褄が合わないところでもあっただろうか、口を開こうとした時に、ガラリと教室の扉が開く音が聞こえた。私と新開くんはそろって開いた本人に目を向けると、そこには噂をすればなんとやら、荒北がいた。新開くんは私の隣の席から立ち上がって、教室から出て行った。交差するように荒北は私に近づいてくる。


「随分と可愛いこと言ってくれるじゃナァイ?」


ドンと目の前に荒北は詰め寄って私の髪の毛を引っ張る。


「俺はお前しか見えてねぇのに、ッハ、一人前に嫉妬なんてしちゃってよォ?」


不機嫌の理由は、私の単なる嫉妬っていうことか。目の前にいる荒北の顔を見ると、面白そうにニヤニヤとして私を見下して掴んだ髪の毛を、柔らかくほぐすようにハラハラ落としていく。部活やる気満々の格好でじりじりと距離を狭めてくる。椅子の上に座っているから逃げようにも逃げられない、気を許したら食われそうだ。椅子の淵ギリギリまで来た、引く予兆すら見せない荒北に覚悟を決めて、私からその唇に噛み付いた。やられっぱなしは私の性に合わない。薄くて、綺麗な唇に私が何度も噛み付くようにキスをすると、荒北は抵抗するどころか、のりに乗ってきて私の後頭部を抑えて息する暇も与えないくらい貪りつく。酸欠状態になった私が荒北の肩や胸板を力いっぱい殴ってみると、案外すんなり離してくれた。ぷつんといやらしく引いていた銀色に輝いた糸をごまかすように私は制服の袖で拭う。


「嫉妬心むき出しも愛らしくてイイんじゃナァイ?態度は気に食わないけど。またこんなふうに誘ってくれたら許してやってもいいかもナ」


「嫉妬深さはわたしの長所」と、言う前に私はもう一度荒北の唇にかぶりつく。