短編 | ナノ

おおきなおおきな鳥籠があれば
どんなに願っても俺の手に入れたいモノはするりと抜けていく。だから俺はよく、おおきなおおきな鳥籠があったらいいのにって思う。俺のすることは空回り。愛して欲しいと思ってみた行動はすべて失敗。差し向けた方向がなぜかその方向に進まない。自転車なら簡単に進んでくれるはずなのに。考え事をしながら野菜をうさ吉に与えているとびゅうっとつめた風が俺にぶつかった。寒いのは苦手だ、体をブルリと震わせて「後は自分で食べてくれ、ごめんな」とうさ吉に言った。無責任かもしれないけど、見られながら食事するのは嫌だろう。


「新開、もう餌付けはおわりかい?」


背後から声をかけたのは俺の思い人だった。ひょろっと背の高いやっこさんは俺に警戒することなくスタスタと近づいてくる。長い髪の毛を三つ編みにまとめられて、それを揺らしながら俺の隣に座ってうさ吉を見た。彼女の彫の深い顔に陰る目元にから、ゆっくり唇へ視線を落とした。自然にいやらしい気持ちがこみ上げてきて俺は恥ずかしくなった。


「っあ、ああ。うさ吉だっていつも見られて食事するのは可哀想だろ」


平然を装うためにおれはうさ吉に目を向けてかわいがるように頭を撫でてやった。彼女から、笑ったときによく出る吐息が聞こえた。ドキリと胸がはねた。


「特別扱いは息苦しくなるものだからね」


「息苦しい、か」と、俺はおうむ返しした。息苦しい、とはどういうことなんだろう。俺は彼女のその言葉に疑問の念を抱いた。


「新開、そろそろ戻らない?寒いね、ここは」


彼女はそう言って立ち上がった。すっくと立ち上がった彼女を見上げると、彼女は悲しげに笑っていた。促すように首を動かすのは彼女のくせだ。俺はうさ吉を抱き上げてウサギ小屋の中に入れて、持ってきた野菜を入れてあげた。うさ吉は俺に構わず、むしゃむしゃと野菜をかじっている。くるりと振り返って彼女に向かい合うように立ち上がった時に、自然と身長差がつく。今度は俺が見下ろすような形になっている。彼女の頭頂部が見える、一度も染めたことがない美しい黒髪が伸びている証明。彫が深いために陰る目元にはっきりしている輪郭。寒いために赤らんでいる頬と鼻頭。俺はそのまま彼女の顔に手を伸ばして頬をなでた。彼女は「くすぐったい」とじゃれあう子供のように笑っている。じゃれあってるわけじゃないんだけどな、俺は彼女の頬を数回なでた後に唇を奪った。一瞬だった、味わい。彼女は涙を浮かべて俺の頬をひっぱたいた。