短編 | ナノ

悪食
荒北先輩には噛み癖がある。何かあるとき必ず、私の首筋とか腕に噛み付いてニヤッと笑う。がたがたと歯型が付いて、彼は優越感に浸る。私はそういったのはやめて欲しい。独占欲を丸出しにされると、女友達からからかわれたりするから恥ずかしい。


「荒北先輩、あの。もう噛まないでください」


久しぶりにふたりっきりで、荒北先輩の家でおとなしくお茶を飲んでいるとき私はこれがチャンスと思いながら胸の内を打ち明けた。荒北先輩は自転車の雑誌を持って、発言者である私を驚いたように見た。いや、普通驚くか?少しくらい反省したような表情を出したっていいんじゃないか。


「なんで?」

第一声がこれだ、駄目だ、先輩はあんまり分かってくれない。もっとわかりやすいニュアンスを含めながら先輩に説明すればわかってくれるだろうか。頬を人差し指で軽く掻いて、頭の中でモノの喩えをひねり出してみるが、ボキャブラリーの乏しい私には無駄みたいだ。事実を伝えたほうが回りくどくないという判断で、私は口を開いた。

「あの、女友達にかなりの率でからかわれるので」

「だからってやめろって言うノォ?それ、笑えない冗談なンだケドォ」

不機嫌そうに顔を歪めて荒北先輩は私の隣に座った。ドガッと乱暴に座る限り、彼は簡単には期限を直してくれない。ジリジリとした長期戦を迎えることとなるのだ。

「まさか他に好きな男とか出来たノォ?」

「なんでそうなるんですか、体操着になると見えるんです」

「いいじゃねぇかヨ、それくらい」

良くないから私は全力で講義を醸しているのに、一向に彼は噛む癖をやめない。そっとまた私の腕を掴んで、驚いている私をにやりと挑発するように笑って口を大きく開ける。そこには美味しい肉があるかのような、悪食を始めた。


「こんなに美味そうな匂いをさせてるお前が悪いんダヨ、覚悟しろ」