短編 | ナノ

或る女の面白くない話
「ねえ、私とお友達になってよ!」

一年の時、すっげぇ恥ずかしいくらい燻っていた俺になんのためらいもなく俺に話しかけた記憶がある、この目の前にいる女。いかにも真面目そうで、でもちょっとだけ天然でボケっとしているのアイツは、俺がどんなに嫌がった顔をしても困ったような笑顔を浮かべるだけで、友達になることをやめなかった。俺がヤンキーから足を洗った時だって相変わらず、その単語しか知らないように何度も何度も声をかける。

同じ部活の奴らにだって、今日も熱いねなんて言われているけどアイツは何を言っているのか、よくわかっていないのに「はい!」と笑顔で答えちゃって。なんだよ。

この女、ミョウジナマエには笑顔で友達になって欲しいという行動しか知らないのかよ。
あいつの匂いは嫌いじゃなかった、最初の頃は純粋な、例えるなら大草原の中にいるような匂いだった。けど、月日を重ねるごとに、変わっていった。彼女の匂いは大草原の匂いではなく、焼け野原のような匂いに変わっていった。俺にどうしろって言うんだよ、今更「イイデスヨ」なんて言えるわけねぇだろ。なんせ、彼女は。


「どうしたの、荒北くん」

「なあ、お前ってなんで俺とオトモダチになりてぇノォ?」

「荒北くんが好きだからだよ!」

「なあ、お前ってなんで笑わなくなったんダァ?」


質問攻めにしたとたん、彼女は目を丸くした。真っ黒い、澱んだ瞳が見開かれたとき俺は確信したのだ。無自覚に彼女が笑わなくなったんだと。これは誰のせいだろうか、果たして世間か、俺か。

ベリベリと音を立てて剥がれていく彼女の虚実。


「笑わなくなったって本当に?」

「ああ、一年の頃はもっとキラキラしてて、これからが楽しみって溢れんばかりの情熱を持っていたあの雰囲気、どこに吹っ飛んじまったんダァ?」

ちょっとした出来心で彼女にひねくれた言い方をする。みるみる彼女は俺から遠ざかってゆく、待てよ、すがりつくような声音と同時に手を伸ばす。一瞬のかすりもしないで人は消えていく、彼女がいるそちらへ踏み込もうとしても目の前にはどんな溝よりも深い亀裂が阻んでいる。後日、彼女はこの世の全てから存在を消し去った。