短編 | ナノ

頭から消えない
「以上だ、解散」


福富くんが言った途端に、部員は散り散りになり更衣室へと急いだ。私もさっさと部活日誌を書いて帰ろうと思っていた時だ、ドンと目の前の相手にぶつかってしまった。ゆっくり顔を上げると、そこには眩しいくらい笑顔が輝いている葦木場君だった。


「ごめんね、葦木場君。怪我はない?」

「ううん、ないよナマエちゃん。あのね、ナマエちゃん」


葦木場君は入部した当時から私のことは敬語を使ってしゃべらない。

「あの天然ボケ」と黒田君が一度叱ったらしいが全く聞く耳を持たないらしくいつも泉田君や、黒田君が会社員のように平謝りする。私はまあ、そういうことで傷つかないけど、しいていうなれば私だけが敬語を使われないことにとって視線が痛い時だってある。葦木場君はルンルン気分で私に話しかけた。私は部活日誌を書きたいので手短にと心の中で願った。


「ナマエちゃん、ぎゅーってして!」


ぴたりと部室の空気が固まった。私は今なんて言ったのかわからなくて、驚いた拍子に落ちた部活日誌なんて気にしないで両手で頭を抱えてしゃがみこんだ。この天然君は何を言ったんだ、ぎゅーってしてって、え、アナ雪ですか。オラフなんですかあんた。私が必死に頭の中で、どうしてこうなったんだろうか考えていると、二年生の中でも良識とマナーが備わっている黒田君と泉田君が大声で謝る、ひたすら謝る。


「す、すみませんナマエ先輩、ほんとこいつ変なこと言ってすみませんすみません!」

「葦木場!今すぐ今の言葉撤回しろ、ナマエサン頭の中ショート寸前だぞ!」

「ナマエ、大丈夫か、生きてるか!」

「えーなんで撤回するのー?」


バシっと誰かが葦木場君の体を叩いた音が聞こえた。

頭上でたくさん言葉が飛び交っている。とりあえず、顔を上げていいか、いいや今のタイミングで顔を上げると葦木場君がまたとんでもないこととを言ってくるんじゃないか。


「葦木場、どういうことか説明してみろ」


福富君が葦木場君のびっくり仰天発言について理由を聞き出すために、少しだけ語気を強めて言った。三年生の4人組と、葦木場君、黒田君、泉田君が綿綿としている中で一番落ち着いているのは福富君だ。さすが強者。


「ユキちゃんが寒いときはひとに抱きしめてもらえばいいだろって言ってたんですよ!」

「オイ黒田」

「荒北さん!違いますって、そういう意味で言ったわけじゃ、ちょ、待って荒北さん!」


黒田君が悪いんじゃないよ、荒北君。鈍い音が響くが私は聞かないようにしゃがんだ上に、耳をふさぐようにジャージで頭を囲った。ポリポリとパワーバーを食べる音が聞こえる、あ、新開君か。
新開君はぱちんと指を鳴らしてひらめいたことを口にした。


「ということは葦木場、寒いのか?」

「寒いです」

「じゃあカイロとか違うことに頭使えよ!葦木場!」

「靖友、怒りんぼさんはダメだぜ」

「ぶっ飛ばすぞ新開」

「おーい、ナマエ、もう話はついたぞ。顔を上げてもいいぞ」


東堂君に言われて私は部活日誌を拾ってふらふらながらも近くにある椅子の上に座る。そして部活日誌を書こうと机の上に開く。だが、私の頭の中には葦木場君葦木場君…。


「うわあああああああうあわあああああああ!!」


発狂して机の上に何度も頭を打ち付けるが、全く葦木場君が消えない。


「ナマエちゃんもやっぱりぎゅっとしたほうがいいのかな?」