至極当たり前の事なのだが、夏休みが終わっても夏は終わらないわけで、気温が下がることはない。新学期をむかえた湘北高校校内も例外ではなく、冷房がついていない各教室では暑さでまいっている生徒が多数。そして1年10組窓側一番後ろの席に、これまた暑さによってうなだれる少女が、一人。 「なにしてる」 「おう、おはよー流川ー、ままま、お座りなさいよ」 昼休み。購買に昼食を調達して帰ってきた流川は、自分の席に堂々と座っている少女、苗字を発見する。彼女はよく遅刻だの欠席だのを繰り返していて、午後から授業を受けるということも今日が初めてではなかった。大きな溜息をついて進められた前の席に窓を背にして横座る流川。 「遅刻オンナ」 「家で寝てても学校で寝てても同じ睡眠時間なら冷房がついてる快適な自分の部屋で寝てるほうがお得とは思わないかい流川よ」 「ダブるぞ」 「うーんそれはマズいなーでも暑いんだもんなー」 頬杖をついて訳のわからない持論をのべていたが、再びうなだれる苗字。窓から気休め程度の風が入り、それに揺らぐ苗字の髪の毛。その姿をぼうっと見ている流川。彼は苗字が学校に来ている時、寝る食べるバスケする以外の他の時間は全て苗字をみていた。みていたというよりは気が付けば目で追っていたという程度のものだったのだが、夏の暑さとは恐ろしいもので、どうして苗字がよく目にとまるのかを彼に気付かせてしまった。 「苗字」 「あーつーいー…」 「スキダ」 「あー…退屈だあー」 今、1年10組の教室にいる全員が自分の耳を疑っただろう。あの流川楓が女子に好きだと言ったのだ。にもかかわらず退屈とつぶやく苗字。彼女にとっては流川の一世一代の告白よりも、気温の暑さの方が重要なのだろうか。 「俺と付き合え」 「なんかおきないかなー事件とか」 おきている。事件は今、お前の目の前で確実におきている。1年10組にいる誰もがそう思っただろう。そして、話をきいてやれ、とも思ったに違いない。 「きけ」 「んーきーてるよー、でもね流川、流川が私を好きって言っても今何にも変わらないのよーう」 「?」 脳内が?で埋め尽くされている流川とギャラリー。机にひっつけていた頭を起こして流川に向き合う苗字。 「例えばさー」 ちゅ。 重なっている二つの唇。突然の事に目もとじれなかった流川。目を閉じる気などさらさらない苗字は流川の瞳をみつめたまま自身の唇を離す。軽いリップ音が静まりかえった1年10組に響いた。今、1年10組にいる全員が自分の目を疑っただろう。流川においては硬直し、瞬きすらしない。 「…ねー?だから?って感じでしょう?今は退屈なこの時間をいかにしてやり過ごすかという試練の時だと思うのよねー」 固まっている流川なぞ気にもとめず、苗字は小首を傾げながらまた己の訳のわからない持論を喋る。 「もしここが涼しくって、二人っきりで、とってもロマンチックなどこかだったら、もしかしたら私も流川のこと好きよって言ったかもしれないわ」 「…!俺のこと好きなんか」 苗字の好きという言葉に再起動した流川。 「最後まできいてね?けれど、ここは暑くて、まわりの皆がみてて、とーっても退屈ないつもの1年10組の教室でしょ、だからーえっと、つまりー…うあー、もうめんどくさくなっちゃったからおしまーい」 「ワガママ」 「流川に言われたくないよーだ」 「でもスキ」 「もおおおーだからあー」 マイペースとマイペースが話すとこうなってしまうのか、と、もはや流川の告白という事件より、あまりにも噛み合わない話し合いに呆れている1年10組にいるギャラリー。ともあれ流川が苗字に告白し、苗字が流川にキスをしたというのは紛れも無い事実であり、平凡で退屈な湘北高校1年10組の教室に衝撃が走ったというのも、紛れも無く事実である。 退屈の産物 平凡にパンチを、君にキスを (さっきの話きいてなかったの?) (オメーもきかねーじゃん) (だからきいてるってー) (返事) (嫌いな人にキスしないってー) ―――――――――――― UP4月ですよ。 季節外れも はなはだしいですね! |