苗字をはじめてみたんは三年のクラス変えでクラスが一緒になってからやった。こんなかわええやつ豊玉におってんなあとか思いよったら知らん間に苗字を目で追うようになっとった。つまり、俺は苗字にヒトメボレゆうやつをした訳や。
02
月曜日。教室に入って、おはよう南くんと朝の挨拶をしてきた苗字におはよーさんと返して苗字の隣の自分の席に座る。
「こないだおとうとが迷惑かけてしもてごめんね」
「おとうと?」
「そう、弟のおとうと」
「あー、かめへんよ」
担任が教室入ってきて委員長の号令が終わった後、苗字と話すのはほぼ毎日の事やった。担任の話しなんかだーれもきいとらんし、俺は部活ばっかやからちょっとでも苗字と喋りたかった。あのどぎつい弟の名前はおとうとというらしい。一生忘れへんやろな。
「今日部活ないから一緒帰ろーや」
「うん!」
バスケばっかりの俺に文句ひとつ言わず、それどころか時々はちみつレモンとか作って練習中に持って来てくれたりする。ほんま優しいし可愛い。知らんうちにめちゃくちゃ惚れてもうとるのを自覚した。
放課後までの無駄に長い時間をだらだら過ごして、さあお楽しみの下校や。今日はうるさいタラコもおらんしゆっくり帰ろ思てたときやった。
「おねーちゃーん!」
「おとうとやないの」
「あ、おにーちゃん!」
うそ、なんでおんの。
「おうわれ、なんでおるんやっちゅうつらしとんなあ」
久しぶりに二人で帰るはずやった俺と苗字の前に現れた苗字弟はまたどこそのやーさんのような口ぶりで俺にだけ聞こえるようにぼそぼそと話しかけてきよった。
「ねーちゃんにへんなかみがたしたむしつかんよにみはりにきたんや」
変な髪型した虫って俺か俺んことなんか。 話の流れと行動からしてこいつまだ俺が苗字と付き合いよること知らんらしい。苗字の左手にぶら下がるようにして手を繋いでいる苗字弟。完全に見せ付けられている。なんやあいつのうらやましいやろ的などや顔。ふん。一人で舞い上がっとれドアホが。お前からはみえへんやろけど苗字の右手は俺と手ぇ繋いどるしな。なにこのスリルと優越感。誰や今大人気ないおもたやつ男なんかこんなもんや。
苗字弟が今日小学校であった事を喋っとるあいだに苗字ん家についてしもた。ちょおまて俺ほとんど喋れてないねんけど。
「南くん、ありがとうね送ってもろて」
「かめへんよ」
「おーきにおにーちゃん!(はよかえらんかい)」
苗字弟の副音声が聞こえる。なんで俺なんもしてへんのにこんな嫌われてんねやろ。ガキの考えてることはようわからん。けど、
「かぎあけてくるー!」
ツメが甘いな所詮小学生か。あかんで目はなしたら。 苗字弟が玄関の鍵穴と格闘してる隙に苗字の顔を俺のほうに向けて唇に触れるだけのキスをした。
「え」
苗字は、まあるい目ぇ見開いて顔真っ赤になった。あかんてそんな顔せんといてくれ。なんでてお前可愛過ぎるわ。
「ほな、また明日」
「おねーちゃん?どないしたん?」
後ろから苗字弟の声がする。どないしたんてキスしただけや。まだ外も明るいし一回帰ってバスケでもしよかな。苗字のまっかっかの顔思い出したら心臓がきゅうってちいさなった気がした。
苗字ほどやないけど、きっと今俺の顔は赤い。
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