花道がなんか言ってたような気がするけど、俺の両足は止まらずに屋上に向かった。 ラッキーな事に屋上に出るドアには鍵がかかっていなかった。馬鹿な奴らで助かった。階段を走って上った勢いのままドアを開けると栗色の頭と大勢の男女の頭や顔があった。
04
「あ、きみは」
振り返った先輩の目は氷のような冷たさを放っていた。俺だと気付いた途端その冷たさは溶け、少し驚いた表情を浮かべる。
「なにやってんすか先輩、行きましょう」
「ちょっと待ちな水戸洋平」 「それは無理だな水戸洋平」
先輩と連中の間に立ち、逃がそうと促すがやはりそうさせてくれない。
「みとよーへ?」
ぽかんとした表情を浮かべる先輩。まさかこんな状況でみとようへいが早口言葉だとでも思っているのだろうか。この人頭大丈夫か。でも考えてみると俺達は互いの名前すら知らなかった。
「すっこんでな水戸」
「あたしらはそいつに用があんだ」
なにがあったかは知らないが連中は相当殺気立っている様子だ。痺れを切らした女にすっこんでろっていってんだよと声を荒げて胸倉を掴まれる。やるしかねえのか。できれば女に手を挙げたくはねーんだけどなあ。 胸倉を捕んでいる手を叩き落とそうとしたら、横から出てきた手頭に先をこされた。先輩だった。先輩は俺に背を向けて俺と女の間に入る。
「ね、だからいったでしょう」 「あたしにかかわっちゃだめ、って」
顔だけ俺の方を向けて、哀しそうに笑う。どうして、こんな時にまで俺にそんな笑顔を見せるんだろう。 先輩は、後ろから襲ってくる女の拳をいとも簡単によけ、流れるような動作でカウンターを鳩尾にくらわす。攻撃をくらっても急所をはずすようによけ、そして鋭い反撃を的確に相手の急所にかえす。 先輩の闘う動きはまるで水のようだった。無駄がない。ようするに
「つよい」
俺の呟きは相手のうめき声に消えた。
「ちくしょう!アンタ達なにつったってんの!」 「さっさとやっちまいな!」
自分達では歯がたたなかった女共は男共を先輩に向かわせる。こいつらヒキョーモンでおまけにカスときた。我慢ができなかったというよりは我慢をしなくちゃいけない理由をみつけだせなかった。俺は男共を片っ端から殴った。
「あーあ、てえだしちゃった」
「うるせえ」
10数人いた連中が、今立っているのはもう2、3人しかいなかった。俺の拳は赤くなっていて、相手の血が少し飛んでいた。先輩は、俺の腫れた右手にそっと触れ、優しく両手で包み込んだ。
「ごめんね、いたい?」
痛くないわけない。でもこの痛さは慣れていた。俺は、平気だよと言うかわりに笑った。先輩は何故かびっくりした顔をした。そして笑って言った。
「ありがと、みとよーへい」
ああ、まただ。胸の心臓のあたりだけが熱い。その笑顔みたさに俺はこんなとこにまできてしまったんだ。そしてなぜ先輩の笑顔がみたいのかわかった。
「先輩」
「ん?」
「先輩、俺、先輩が好きだ」
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