あの後俺は結局あの激安麺を置き去りにして一目散にレジへ向かい会計を済ませスーパーを出た。そうしなくちゃいけないとあの時俺はそう思った。そう思わせるほど、彼女の瞳は不思議な光を放っていた。昨日の献立は鍋ラーメンから鍋に変更になってしまった。



02



昨日よりも幾分か冷たい空気に、いつもよりもゆっくり歩く。今日は花道達みねーなあ。欠伸をひとつ。


「…っ」


突風に思わず目を閉じる。瞼を開くと目の前に栗色が目に入る。あ。


「激安麺…」


そんな間抜けな言葉しか出てこなかった。俺の目の前には昨日の激安麺不思議女がいた。まただ、また目が離せねえ。ぺらぺらの鞄を持つ指には相変わらず絆創膏がべたべたとはってある。口角の絆創膏はなかったが、そこにはまだ治っていない生々しい変色をした傷があった。
昨日と同じく踝丈のログンスカート。しかし今日は体操服ではなく紺のカーディガンを着て、黒のマフラーをしている。冷たい風が吹くとぐるぐるに巻かれたマフラーに鼻まですっぽり隠れる。寒がりなのだろうか。昨日は気付かなかったが、彼女の体は細く、そして小さかった。抱きしめれば壊れるんじゃないかというほどに。


「あ、きのーの」


昨日と同じだけど、少し掠れた声が俺にむけてきこえてきた。喋りかけられたのだと気付く。


「っす」

「ねつ、もうひいたんだ」

「へ?」

「かぜだったんでしょう?」


だってあんなにかおがあかかったんだもん。そういって彼女はまた、眉を下げて哀しそうに笑った。自分の心音が五月蝿い。そんな俺をヨソに彼女は昨日の激安麺のいきさつについて話していた。彼女によれば、激安麺はヤキソバになったらしい。
彼女の笑顔と予想外の優しい言葉遣いが胸の当たりをポカポカさせた。それと同時に顔を真っ赤にしたという事実を知って妙に恥ずかしくなった俺は彼女に突発的に意地悪を言ってしまう。


「それ」

「ん?」


彼女の口角の傷を指さして言ってやった。


「どしたんすか」

「どしたんだろね?」


質問が質問でかえってきた。俺がきーてんだけどなあ。なんだかつかめない人だ。言いたくないのかもしれない。しかしなぜか俺は、彼女に対しての興味をおさえられないでいる。まるで好奇心旺盛なガキのように彼女に質問を浴びせ掛けた。


「喧嘩?」

「おお、はんぶんせいかいー」

「誰に」

「だれだろねー、いっぱいいてたからわかんないなー」


おんなのかおはいのちだっていうのにね、なんて人事のように言う彼女に少し腹が立ってしまって少し強い口調になる。


「なんでだよ」

「なんでだろうね?」


二度目の逆質問。そしてまた笑う。なんで笑うんだ笑えねーだろ。そんな自分勝手な憤りを感じているとへらへら笑って俺の質問をかわしていた彼女の目に光がともる。


「でも」
「まけなかったのよ?」


彼女が、ふふ、と笑うと目にともった光は薄れ、そこには眉を下げて哀しそうに笑う女の顔。何も言えずにいる俺の顔を覗き込んでいる双眼は髪の毛と一緒で栗色だった。その栗色の瞳が光に反射して金色のように見えた瞬間彼女の唇が動く。


「ね、きになるの?あたしのこと」


その瞳は酷く挑戦的でどうしようもないくらい誘惑的だった。俺の心臓は一瞬ストをおこした。ポンコツめ。