どろりと、甘い液体が零れた。元々は固体だったそれを指先で掬った。指先を口に含み、喉に絡み付く甘さに眉を寄せた。
「うーん…?」
常温で温められた大量のそれらをまた新しいバケツに、次は溢さないように少しずつ淹れていく。まとわりつく湯気を払うように手で扇ぐ、こんなものでいいだろうか。
黒い液体が並々入ったふたつのバケツを、持ち上げて自らの部屋に運ぶ。

一旦バケツを端に置いて部屋を片付ける、床のカーペットは丸めてベットの上に重ねて置いた。テレビも棚もなるべく隅に寄せて被害に合わないようにする。床には何も無いようにして、ベットに棚、テレビに机、年のためにバスタオルを被せる。こざっぱりした部屋に特大のシートを引いた、ちなみに色はショッキングピンクである。さらにちなみに自分の趣味では無く、これらを提案した幼馴染みが選んだものだ。
「後は拭くためのバスタオルと雑巾と着替え…だけかな?」
部屋に飾られた時計を見る、約束の時間までもう少し。
急いで下まで降りて新品のバスタオルを脇に三つほど抱えて、余ったバケツ二つに水と布巾を入れ、少しふらつきながら異様な部屋へと戻る。

先ほど端に置いたそれらと場所を交換し、目に痛い色のシートの真ん中に並べ、上着を脱いだ。
タオルが被さったベットの上に放り投げて、これまた幼馴染みの趣味である可愛らしいエプロンを身に付ける。

ぴんぽーん、無機質な電子音のチャイムが響いた。
腰辺りに大きなリボンを造ってフリルやボタン、飾りを指先で整えてシートの上にバケツをひとつ抱えて座った。

今日は2月14日、バレンタイン。
こうなった現況は幼馴染みにある、目を伏せて小さく笑った。
いま、訪ねてきた彼と自分の関係は一応、恋人同士、だったりする。あまり話さない人だけど行動で示してくれるから、折角だからとイベントにちなんで感謝の気持ちを込めて、チョコレートを作ろうと思った。それを幼馴染みに話すときらきらした瞳で、にこにこした顔で、却下された。
えっ、却下なの!?
駄目だよヒビキくん、在り来たりすぎてもえないよ?
そのもえ、の意味がどっちかなんて聞きたくも無かった。勢いに呑まれた俺はコトネちゃん…腐疑惑が沸き上がった幼馴染みの案を承諾した、承諾して、しまった。
まあだからって、冷静になると凄くあっちゃあ…なんだけど。
それでも、実行してしまった自分も今日この特別な甘い日にやられてるらしい。
ぎしぎしと階段を踏み締める音がして、バケツを抱え直した。ほどよい温かさを保ちながら、それはとぷりと揺れる。
用はこの溶けたチョコを自分にかけて甘く頂いて貰おう、とかそんなんですはい。こっちのが在り来たりじゃないのとか言わない。

「……ヒビキ、」
扉の向こうで自分を呼ぶ声がした、「はい、どうぞ」緊張やらで上擦った声が出る。
がちゃり、とノブがゆっくり回されて、そして。

―――ばっしゃん!
バケツの中身を頭から被った、ぽたぽたと生温い液体が服の隙間に侵入し、身体を溶かすように伝い落ち、座ったシートの上に大きな水溜まりを作った。
バケツをシートの端に投げる、手で目元を拭い目を開いた。
「………、」
目を見開いた状態で、レッドさんは扉の前で固まっていた。…レアなものを、見ちゃった気がする。
「……なに?」
呟かれた台詞に多少の困惑を読み取った、視線は疑問に満ちて、僕はにっこりと笑ってこの日だけの台詞を言う。
「はっぴー、ばれんたいんですよ、レッドさん」
だから食べましょうとか、そんな恥ずかしい言葉を続ける前に押し倒された。
べちゃりと背中からチョコレートの水溜まりに沈む、跳ね返った液体がレッドさんの服や肌を汚した。
「あ、レッドさ、」
「…食べていいんだろ。」
飢えた狼のような、獰猛でぎらついた瞳が僕を捉える、今更だけど凄い大胆なことしたなあ、僕。
レッドさんの肩を押して座り込む、腕を伸ばしてもうひとつのバケツを取って抱き着く、レッドさんの背中にバケツを傾けた。
「駄目です、だって僕が食べるんですから。」
うっとり、多分僕いまそんな顔してるんだろうなあ。バケツが空になった、チョコレッドさんの完成と言うことで。
「いただきます。」
頬に付いたチョコを唇で触れて舐める、猫のように目を細めたレッドさんが擽ったそうに身動ぐ。
「ぅ、あ…ちょっ、」
張り付いた服の間からするりと指が侵入する、べたついた感触に背筋が震える。もう片方の手で顎を固定され、そのまま噛み付くような激しいキス。絡み付く甘さにぐらぐらしながら主導権を手放す、ねえ、レッドさん。


愛でて愛して、骨の髄まで愛しく優しく食べてね。

そうしたらぼくも本望だよ!

(Happy Valentine's Day!)
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